アニメの目

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2009春期
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『けいおん!』の再考

そう言えば13話の感想を書いてなかったんじゃないかな。っていうことで放送終了からこれまで色々と考えたことを代わりに吐き出してみます。

まだちょっと考えがまとまってない上、ひねくれた私見となっておりますので読むのが辛くなったらパスすることを推奨します。

けいおん!は生きがいだった……

と、まぁ廃人的な流行語も生まれた『けいおん!』ですが、じゃあどうしてあれほどの人気になったのか。そこを考えてみました。

『けいおん!』について、注目するべき点のひとつは4コマ漫画を原作としている点だと思います。

4コマ漫画を原作にすると、テンポっていうメリットがあります。まぁ基本的に4コマ毎に「オチ」がやってくるわけですからアニメのテンポが良くなるのは当然。ころころ変わる話題。ころころ変わる表情。ころころ変わるシーン。そういうテンポの良さは4コマ原作の最大の強みであって、「視聴者を飽きさせない」という基本に直結します。

別なメリットとして挙げられるのがキャラクターの単純化です。作者がどんなトリックを用いた所で「4コマで締める」という束縛から逃れることはできないわけで、さらにその4コマで何らかの笑いを提供したければ登場キャラは読者にとって単純で分かりやすい方がベター。

単純化と一言で言ってもその方法はいくつでもあると思います。

  • 性格的にどこか特化したキャラクターに設計する。
  • 既存のキャラクターパーツの組み合わせで描けるようなキャラクターにする。つまり読者の頭の中にある別な作品のキャラクターを参照させるわけです。
  • 一本筋の通った性格を徹底し、キャラをぶれさせない。
  • それと分かるキャラクターデザインにする。

素人が考えてこれだけのことを思い浮かべられるんだから、プロはもっと深く考えてるでしょうね。

上で挙げた方法はいずれもアニメ『けいおん!』で徹底されていたことですが、これによって得られるのは分かりやすさというポイント。

視聴に思考を必要としないのはこういう娯楽について言えば最重要ではないですかね。(まぁそんな『けいおん!』について色々考えるマニアもいる訳ですが)

そういうわけでアニメの要素を片っ端から単純化した結果、視聴者の視線はキャラクターにのみ集中します。簡単に言うと「かわいい女の子が動き回ってるのを特に何も考えずに見入れるアニメ」というなんとも夢のような物になるわけですね。

さて、じゃあキャラクターに注目しよう。と、そうなったときに現れるのがキャラクターを単純化した結果としてキャラクターに注目されてしまうというジレンマです。せっかくキャラクターに視線が集まってるのに、そのキャラクターは何らかの型にはまったキャラばかりということ。深みがないから何も感じない。「かわいかったな」の一言で済むアニメになってしまうわけです。すなわち、キャラの単純化はメリットでありデメリットでもあるんですね。

それはこれまでの4コマ原作アニメのほとんどに当てはまることだと思います。『けいおん!』と同じきららファミリーの『ひだまりスケッチ』にしても、ゆる4コマ原作アニメの原点『あずまんが大王』にしてもこのジレンマを感じます。方々で良作と呼ばれながらも、なかなか傑作と評価されない理由はここにあるんじゃないでしょうか。

『らき☆すた』に関してもキャラの人気は高いですが、結局単純化された(というかそのタイプのキャラを追求した)キャラクターが万人の頭の中に浸透された(つまり単純化のメリットが表れた)結果であって、キャラに深みがあるわけではありません。

キャラの浅さ、話の浅さから得られる「無意味」「無価値」こそが4コマの美学かもしれませんが、それではどうしてもその域止まりになると思います。

で、実は『けいおん!』はそこにチャレンジしたアニメだったんです。

最も大きなシリーズテーマとなった「成長」について。これはここの感想でも書いたし、他ブログ様でも愛のまなざしで軽音部の成長を見守った人たちはたくさんいるので今更こんなむさいエントリで触れる必要もないでしょう。

強いて挙げるなら、こちらのブログの感想は素晴らしいです。本当に愛を感じました。涙腺崩壊です。軽音部の成長について振り返りたければ是非リンクからどうぞ。

たまごまごごはん
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20090622/1245614021

ほんと、成長したなぁって感じがします。軽音部みんなね。ただ、実はこれって結構すごいことなんじゃないでしょうか。だって、ゆるゆる日常系4コマ漫画っていうのは時間的な変化を排除した漫画であるはずなんですよ。

『あずまんが大王』以降メジャーに進化した連続的な(ネタにある程度の連続性がある)4コマ漫画ですが、それでもキャラクターに時間的な変化を与えるものは珍しいんじゃないでしょうか。少なくともアニメではお目にかかっていません。

毎日のくだらないお喋りや、ちょっとした出来事を4コマのネタとして順番に並べているだけなので変化を与えるのは難しいし、逆に読者(視聴者)側からしてもあんまり大きな変化が見られるとついていけなくなります。え? こんな子だったっけ? ってな感じで。

ただ『けいおん!』は確実な成長を描いています。

「変わらない日常」の繰り返しの中に成長していく様を描いた。これが『けいおん!』の最も特殊な点ではないでしょうか。夏合宿を二回繰り返して描いたこともこの象徴かと。

で、これが実は相当素敵なことだったんじゃないかな。何も変わっていない、何も成長していないようで、いつの間にか立派になっている。それこそが女の子ではないでしょうか。

つまり『けいおん!』は他のどのアニメよりも「女の子」を描いたんですよ。山田監督がインタビューで「女の子を描きたい」と言っていたのはきっとそういう意味だったんだと思っています。

女の子ってたぶん気付いたら勝手に成長しちゃってるものです。男に比べてよっぽど早く大人になるものだと思います。特に高校ぐらいの時期が一番刹那的で、その過程が一番美しい時期。『けいおん!』はそんな女の子のとっておきの時間を切り取ってひとつの物語に仕上げた。これが最大の功績で、また爆発的ヒットの理由なんじゃないかな。

と、結論が出た所でちょっと補足。そもそもこういうことを考えたきっかけについて書きます。

「OPは軽音部として、EDはもしプロデビューしたら? という設定」というのは制作側の正式コメントです。常に体全体を動かしているOPに対しておとなしめなED。なるほど、そこまでは理解できる。

じゃあどうしてEDの歌詞はあんなに女の子っぽいの? という疑問がありました。この疑問が解消されたのが最終話(12話)。確実に成長して1話と比較される唯を見て思ったのが、女の子であり続けながらの成長っていうのを表現したかったんじゃないかなってことです。

と、まぁここから変わらない日々の中での成長っていうのを連想して、4コマにして異例なことじゃないかなって気付いて、4コマ原作アニメについて考えたので、実はこの文章は頭で考えた筋道と全く逆方向に進んじゃったわけですね。

長文失礼しました。それと読んでくださってありがとうございます。この長さも『けいおん!』に対する(ちょっと歪んだ)愛ってことで大目に見てくださいな。

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