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2009夏期
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CANAAN 第4話 「呉れ泥む」

カナンを普通の女の子だと思っていたのは自分の欺瞞だったと大沢マリア。簡単に人を殺すような子じゃないと思っていたけど、やっぱりそれは違ったってのが3話。この4話ではじゃあ普通ってなんだっていう疑問が提唱されたり。

「では普通とはなんぞや?」普段からこういう禅問答ちっくなことを考えてるんですけど、それを文章に起こしてさらにブログに書くとなるとうざくて仕方ないので割愛。まあ簡単に言うと個人の認識であると同時に集団の平均であるという二面性が問題を曖昧にしているだけで、実はそれほど難しいことじゃないと思ってます。

結局の所、普通なんてのはあるようでないものだし、視点や焦点を変えるだけで随分見え方の違ってくるものなので、あんまりこだわりすぎるのもどうかなと。それが僕の「変」に対する寛容さの源と言えなくもないですが、なるべく短い文章でまとめようとした結果全然意味不明の言葉になってますね、これ。

まぁいいや。読み飛ばしてください。

で、マリアの話。僕は「普通か普通でないかはこだわる必要がない」と思っていますが、マリア的にはそうはいかない。勝手にカナンを普通の女の子だと認識して、勝手に裏切られて、それでカナンを傷付けてしまったのだからマリアには普通の女の子を見極める義務があるはず。

で、蟹を食べて元気になったマリアの「見たくないものも全部見る、全部理解する」っていう姿勢は本当に素晴らしい。

今はカナンにあって何をすれば良いのか、何をしたいのか自分自身が分かっていない状況だけど、まぁ悩めよ乙女! てな具合に見守りたいですね。

で、マリアとは別にカナンが普通の女の子かどうか考えてみました。結論はないです。だって普通なんてファジーな言葉の型にはめるのは不可能ですよ。

例えば共感覚は普通じゃないし、日常的に拳銃で殺し合いをしているのも普通じゃない。でも助けてくれた年上の男の人に憧れたり、その仇を恨んだりするのは普通の感情。普通の女の子では経験しないようなことを沢山経験しているけど、でも普通の女の子がそういう経験をしたときに感じるようなことを感じているのは事実です。

友達と遊ぶのを楽しみにしたり、友達を失うのに臆病になったりするのも普通の女の子。でも左腕に食い込んだ銃弾を自ら抉り出すのは、とてもじゃないけど普通とは言えない。

こういう事を考えていると本当に普通って言葉に踊らされてるような気がしてきます。普通の女の子が普通でない体験をしたら、それは普通の女の子でなくなったことになるのか。

カナンが思ったよりもずっと若い(あどけなさすら感じるほど)のはそういう話を展開していくためかな。

思ったよりも若いといえば緑の髪の女の人。もはや若いとかじゃなくせいぜい小学校低学年レベルの振る舞い。彼女も女の子の一例? どうもウイルスでどうにかなってしまったらしいのですが、この幼女レベルの綺麗なお姉さんがどう描かれていくのか楽しみです。

さて、今度は憎しみ。

普通に比べればいくらかハッキリした言葉です。「憎しみに憎しみで対抗してはいけない」「恐怖を知っているものは憎しみで行動しない」「憎しみに捕らわれて行動するのはまるで泥の中でもがくようだ」といろんな憎しみ系語録が。

とは言っても大好きな人を殺されたら憎しみも生まれるだろうし、それはどうしようもないような気がします。そう言えば1話の最初からそんなことを言っていたからおそらくシリーズ通してのテーマとなるんじゃないかな。

ならば追々考えよう。(最近考えることを後回しにしすぎのような気もしてきた)

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◎CANAAN第4話「呉れ泥む」 from ぺろぺろキャンディー 2009-08-27

マリアさんは、カナンが普通の女の子じゃないことに失望する。カナンさんが子供のころ傭兵に拾われて訓練されてたことを思い出す。カナンは、共感覚を使って青色で敵を判別できるため、最強。そして、傭兵のシャムンの色は茶色だという。マリアさんはミノルと出かける。そ...

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