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2009夏期
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CANAAN 第6話 「LOVE & PIECE」

ピースがPEACE(平和)でなくPIECE(欠片)ならばLOVEは「愛」でなくテニスのラブゲームから連想される「無」ではないだろうかと思ったのは先週の次回予告を観たときの単なる思い付き。無理矢理こじつけられないことはないんですけど、なんか的外れなような気がするのでいっそ忘れてしまいましょう。

しかしこれだけ愛だ愛だと言われると逆に「無」というのを忘れてはいけないような気もしてきます。ほら、どうせピースが欠けているのなら全て壊してしまえ的な感じもありましたし。

何はともあれ蛇が本格的に動き出しました。対テロ国際会議の警備に当たる警備会社がテロ組織そのものって、そりゃなんかもう全体的に色々終わってるだろ。

蛇の目的としてはあらかじめウイルスを仕込んでおいた大臣(だっけ?)と一緒に世界の要人をシェルターに密閉して集団感染って所でしょうか。まんまと大成功っぽいんですけど……。

それとは別にリャン・チーはマリアを人質にカナンをおびき寄せようとしていました。アルファルドを姉さまと慕う彼女にとってカナンは邪魔者でしかないようですね。ここでキーワードがふたつ。ま、憎しみですね。

アルファルドは自分でも言っているように憎しみで戦っているみたいです。アルファルドとカナンの師匠であるシャムの言葉によると個人的な憎しみで戦っちゃいけないらしいんだけど、今のアルファルドはそれすら超越したみたい。それはトイレでカナンとやりあったときにも言っていたけど、アルファルドは憎しみで戦う泥の中からすでに這い出しているという自負があるようです。

じゃあ憎しみっていうのは誰に対する物かというと、そりゃカナンでしょうね。ということは今回の蛇のテロもカナンへの憎しみから来てると考えるべきでしょうか。

ただアルファルドを見ているとカナンに対する憎しみの色があまり見えてこない。感じることには感じるんだけど、燃えるような憎悪ではないです。露骨に感じたのはあのトイレの一件だけだし。

アルファルドからは執着が感じられないんですね。クールだからそう見えるとかじゃなく、リャンの行動も全部他人事みたいな目で見てるし。それでも彼女の中にカナンやシャムに対する執着というのは見て取れないでもない。彼女のモノローグは全部カナンやシャムに関することですから。

で、そういうちょっと普通でない憎しみを秘めているアルファルドを見ていて気付いたんですけど、彼女は愛を失くしてるんじゃないかな。ある物への特別な執着心が愛なのだから、物事に執着しない彼女が愛なんて感情を持てるわけがない。まあリャンの実らない片思いを見ていて思ったことですが。

愛と憎しみが表裏一体なんて話はどこにでも現れてくるテーマですが、『CANAAN』にもそれを取り入れるならアルファルドの憎しみは愛を切り離した憎しみだから特殊なのかな、とか思いました。その辺が超越していると。

対するカナンは夏目さんに「ようやく思春期」と言われたように、マリアへの愛(百合じゃないよ!)を持ったままアルファルドを憎んでいるから「泥のよう」なんですかね。

ただここまで書いていると明らか人の道を歩んでいるのはカナンなんですよね。アルファルドのは一言で言うなら壊れていると表現してもいいかもしれない。うん、愛の戦士とか言ったらそれこそ滑稽だけど、それでもカナンにはカナンらしく成長してほしいものです。

そう言えば以前にも増して存在感が膨れ上がってきたネネですが、新曲「いのちなんだよ」の歌詞は検証の余地があるかも。「チャイナ気分でハイテンション!」もだけど、何たって作詞が岡田麿里っていう話ですし。中の人といい「あぶらむし~♪」かよ! っていうツッコミ。

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◎CANAAN第6話「LOVE&PIECE」 from ぺろぺろキャンディー 2009-09-22

カシミール地方の村の人が消失。ウーワーウイルスのせいらしい。そして、そのウイルスでも死なずに生きてたのがボナーといわれる存在。という記事をミノルが考える。マリアさんは、ドアにはさまってた手紙をもってくる。対テロ国際会議の招待状だった。そして、リャンチー...

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