アニメの目

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サマーウォーズ 感想

実はネット経由で入ってくる感想を見る限りでは、普段から信頼を置いているブログさんほど良い評価をしていないみたいなんですよ。でもね、めちゃくちゃ面白かったですよ。むしろどこが気に入らなかったんだろうって感じです。

まぁ細かい所につっこみたい気持ちは分からないでもないです。例えばOZに関してストーリーを意識したあまり意味不明な部分が多かったこと。だって健二はそもそもOZセキュリティの暗号を解いてないわけでしょ? なのに真っ先にアカウントを乗っ取られた。問答無用に殴り飛ばしたらアカウントを奪えるのに、AIは律儀に花札で勝負してくれた。「っていうかOZのシステムを掌握しておきながらその程度かよ」っていうのはネトゲ経験者や電子空間なるものになじみのある人からすれば当然の気持ちなんでしょうかね。

それから侘助が一度帰ってきてまた家を出て行ったとしか思えないようなおばあちゃんの遺書とか、降ってきた人工衛星はとりあえず陣内の家から逸らせば良いというのではなく、せめて被害の出なさそうなところを選ぶくらいのことはしたほうが良いんじゃないだろうかとか。

僕の読んだブログではそういう所とか、あとは先輩があまり好きになれないとか、そういう部分で減点されていたような印象です。でも実はそういう細かい部分でのモヤモヤではないのかな、とも思う。どうしてマニア受けがあまり良くないのかということを考えてみました。あ、単なるマイナー志向ではないと思いますよ。

うん、セカイ系っていう言葉があったじゃないですか。『サマーウォーズ』はセカイ系だと思うんですよ。『サマーウォーズ』のテーマとしてコミュニティやコミュニケーションというのがあって、それでいて国家やOZ管理組織が全くと言って良いほどストーリーに関わってこない。これはまさしくセカイ系。「僕たちが何とかしないと!」な展開は大いに結構だし、実際に行政がどう対応したかなんてことはこの際どうでも良いことです。だからセカイ系であることに文句はないし、むしろ歓迎します。

セカイ系なんて言葉はここ数年のもの(とは言っても5年くらいの歴史はあるのかな)かもしれないけど、それらしきものは随分昔からあったわけだし、その形態にスポットを当てたセカイ系なる言葉が消えてなくなるには5年という時間は短すぎるような気がしています。代表作と言われる新海誠の『ほしのこえ』にしてもまだまだ理解が及んでいないし、セカイ系というジャンルは僕にとっては新鮮な話題です。だからこそこうやって『サマーウォーズ』をセカイ系として認識した感想を書いているわけですし。

で、要するに『サマーウォーズ』をあまり楽しめなかった人は単純にセカイ系飽きしてる人なんじゃないかな。セカイ系飽きっていう現象は分からなくもないですし。だって結構どれもこれも同じ空気じゃないですか。

と、ここまでがひょっとしたらあんまり楽しめなかったかもしれない人のフォロー。こんなに長く書くつもりじゃなかったんですけど、まぁ曖昧な言葉を持ち出してしまったから仕方ないのかな。

で、ここからが『サマーウォーズ』楽しかったよ! っていう感想です。

大成功だったのが電子空間のビジュアライズ。白を基調とした空間に色とりどりのポップなガジェット。冒頭にOZへのガイダンスから始まったのも、アバターを選ぶ様子やOZが何に利用されているのかといった説明は簡単でかわいくそれでいて分かりやすかったし、AIが交通渋滞を仕掛けるのも視覚として飲み込みやすい工夫が見られたし、そういう点で電子空間なるものの視覚化は成功でしょう。

アバターも人気があるみたいですね。キングカズマかわゆす的なコメントを結構目にしました。悪者AIには悪者らしいアバターを与え、弱者には弱者らしいアバターを与え、そういう基本的な努力が電子空間っていう素材を取り入れていながら大衆的になれた理由かな。

実際、劇場内には結構歳のいった人もいたようで、外に出るとき僕の前を歩いていたのは60ちょっとくらいの女性二人組みでした。下は小学生から楽しんでいたし、女性デーだったのもあるのかもしれないけど老若男女な感じでしたよ。

テーマとしては人と人との繋がり。特にコミュニケーションっていうのは重要なテーマで会話の自然さはすごく印象的でした。何でもかんでも家族の意思が統一されるような出来過ぎた円満さもなく、少なからぬ諍いの中でそれぞれが発し得る言葉を発していたような印象。ちょっとしたネタとかジョークに思わず笑ってしまうのはその自然さのおかげかな。

さっきのビジュアライズにも共通する話なんですけど、要するに理解しやすいものって簡単に楽しめるんですよね。「このオッチャンがこんなことを言った」が脳内で想像できるものならば楽しむことができる。カタルシスとは全然違うけど、視聴者の内部に作用するのはエンタテインメントの基本でしょう。

まぁ最後の全世界のユーザが夏希先輩にアカウントを差し出したのには痛快でしたね。家族のみんなもそれぞれに何かしらの役割があって、それを全うした「生きた個」の集合体の強さはすごい感じた。それのきっかけとなったおばあちゃんも思い返すとなかなか感動ものです。

それからこれを語らないわけにはいかないだろうっていうのがあって、それは夏希先輩の変化について。主人公は数学しか能のない内気な少年である健二くんだけど、それと同じくらいしっかり描かれていたのが夏希先輩。

そもそも彼氏役に健二を選ぶくらいだから何でもないわけではないんだろうけど、でもこの段階での二人の関係は「憧れの先輩」と「かわいくて使い勝手のいい後輩」程度でしょうね。それはほぼ全ての荷物を持たされたあたりからしても明らかなことですが、まぁこの段階の夏希先輩の像は自意識過剰な高飛車先輩かな。

一緒に田舎に来てと言えば来てくれるだろうという計算はあっただろうし、その「バイト」内容を教えると尻込みするようなチキンだろうという認識もあったはず。そういうしたたかさがあるのは間違いない。

それは侘助にべったりで「アメリカに行く」とか「ディズニーリゾート連れて行って」とか甘えまくってる所にも表れていたけど、要するにそういう女の子だったんです。決して悪い子じゃないんだけど。

それがおばあちゃんの死と侘助の裏切りで完全に沈んじゃって、そのときに健二が声をかけようとするんだけどそれすら拒絶。つまり最重要テーマである「コミュニケーション」の放棄ですね。

でもそれがおばあちゃんの言葉に励まされたり、家族みんなが頑張っているのを見たりしているうちに自分も何かできることがあるはずっていう気持ちに切り替わっていって、最終的には花札でAIの力の大半を奪ったことを考えると、家族というつながりの中で一番成長したのは夏希先輩なんですよね。

最後に健二が「大好きです!」と言ったのに対してポロリと「嬉しい」と言ったのはその変化の象徴じゃないかな。都合の良いように他人に頼って、自分が沈んだときには他人を拒絶するような、そういう風に他人とつながっている人間はそんな純粋に「嬉しい」とは感じられないはず。

だから人と人との関わり合いの中で成長したのは健二よりもむしろ夏希先輩だったんじゃないかな、と。まぁ最後に鼻血ふきだしてグダグダしてる健二に自分からキスしちゃうような所は相変わらずというか。何にせよさらに魅力の増した先輩でした。

さて、視聴から時間が経つとなにやら色々と考えてしまって長い長い感想になってしまいました。それもこんな散文で。ふぅ読み返す気にもならん長さだ。ごめんなさい。

観に行こうかどうか迷っている人がいたら、とりあえず観てきて下さい。人間性の問題かブログの方針か、くどくどとつまらないことを書き続けた感想でしたが、実際は結構サッパリしてて明るい話です。

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