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2009夏期
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東京マグニチュード8.0 第10話 「おねえちゃん、あのね」

これでもか、これでもかと精神的に苦痛なまでのレベルで「悠貴の死」を見せ付けられました。「当然そこにある」と信じているものが一瞬で崩れ去る。震災の怖さでもあると思います。

観る側で悠貴の死についての認識に随分温度差があったみたいだから、その事実を出すのが難しかったと思います。早い段階でその可能性に気付いた人はそれ以降の多くの伏線にも気付いているだろうから、今回は「事実の確認」だったはず。そうでない人にとってはまさしく確信が崩れ去るような感覚になるだろうから、あんまり急展開で話を進めるわけにもいかない。

未来が悠貴の死を認めざるを得なくなるのは家族と再会するときだろうと考えていたから「でも急に『実は幽霊でした』だと視聴者が付いてこないよな」って思ってたんですけど、そこはうまく回避してきました。

未来と二人きりになれる環境でしか現れない悠貴を連続して描くことで「これは何かおかしいぞ」というのを認識させる。悠貴の友達っていう第三者(=視聴者の代理キャラ)を立たせること、未来・悠貴・視聴者の距離を近付けておいて、最後にスーッと悠貴が浮かび上がってくる場面までに視聴者間の温度差を取り除いてしまう辺りなかなかうまい。

あー、いや、そんなことが書きたかったんじゃなかった。

悠貴を生かし続けたものは何か。「また家族でレインボーブリッジに行きたい」「おねえちゃんと一緒にいたい」「僕が死んだらおねえちゃんが泣いてしまう」「一緒に家まで帰りたい」などなど。正直挙げていくと切りがない。ロボットの夢も、真理さんとの約束も、悠貴を死なせなかった理由のひとつでしょう。

「残念ですがあなたは死にました」と言われて何も思い残すことなく消えていくにはあまりにも「未来」が大きすぎたんだと思います。

その「未来」の中で大きなウェイトを占めていたのが未来。一番大切なキーワードを堂々と主人公の名前にしてしまうあたり大胆と言うほかないのですが、いずれにしても悠貴にとって未来はかけがえのないおねえちゃんです。

悠貴が死んだら未来は悲しむ。悠貴も未来と会えなくなるのは寂しい。だから死んでもずっと一緒。

でもそれはダメですよね。お互いに甘えているだけ。お互いに傷から目を逸らしてるだけ。悠貴はそのことに気付いていたみたいです。現実的に、そんな状態がいつまでも続くわけはない。少なくとも家族と再会するときはごまかしが利かない。

でも、自分が死んでしまったという真実は大好きなおねえちゃんを容赦なく傷付けるに違いないことも分かっていたから言えなかった。そういうことだと思います。

悠貴の「ごめんね」がジーンと来ました。

未来の視点から見ても悲劇。震災を通していつも当たり前に存在している家族が自分にとっていかに大切なものなのかをはっきりと理解することができたのに、その直後に大切な弟を亡くしてしまったんですから。

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◎東京マグニチュード8.0第10話「おねえちゃん、あのね」 from ぺろぺろキャンディー 2009-11-02

ユウキは「おねえちゃんあのね」といいだす。ミライは「どうしたの言ってごらん!」ユウキは「もしも、僕が死んじゃったらどうする?」と聞く。ミライは「もう死んじゃうとかそういうこと言わないでよ。」と返す。ていうか、ユウキどう考えても死んでるんだけど・・・そし...

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