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2009夏期
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うみものがたり 第11話 「光の心 闇の心」

じーんと来ました。人間って生きていく中で乗り越えなきゃならない辛いことが沢山あって、島の人はその辛い思いを海に流すことで消化してきたんだけど、その流された思いこそがセドナということらしいです。

セドナは必然的に生まれる心の闇の部分という風に認識してきてたんですけど、これは改めないとですね。別に邪悪と限ったわけではなく、ただ心から追放された思いっていうことだと思います。

小島と別れたときに夏音がリングを海に投げ込んだように、辛い思い出は自分のそばに置いておきたくないもの。それと同じで自分の内にある辛いものは捨て去ってしまいたくなるものでしょう。

それは心をピュアに保つための全自動防衛機能と言えるようなもので、そうやって心は光として存在し続ける。だから残された光の心は捨てられた闇の心の存在を知らないし、捨てられた闇の心は残された光の心を知らない。

思えばこの光の心、闇の心ってまさしくマリンとウリンなんですよね。精神的に邪悪かどうかという話ではなく。

光の巫女として戦うマリンにとって足手まといに過ぎないとカメに見なされていたウリン。要するに「光の巫女の戦いにお前は不要だ」と捨てられたわけですよね。それってやっぱり心をピュアに保つために捨てられた闇の心と同じ。

とすると光の心を闇に染めるというのは思いを全部流してしまうということ。ウリンを救いに行くというのは海に流した悲しい思い出(=闇の心)を拾い集めに行くということ。

こういう構図で考えたら捉え方もちょっと変わってきますね。闇の心っていっても、全部が全部捨ててしまって良いような思いばかりではないだろうし、それにかつて自分の心の中に存在したものなんだからぞんざいに扱いたくもないものです。

むしろ当時は辛くて手放してしまったものでも、今振り返ってみれば大切な思い出ということもあるだろうし。夏音が一度二度と捨てたリングをいつの間にか大切に思うようになっていたのと同じです。

それから観てて思ったんですけど、やっぱり相互にやり取りしないと始まらないんですよね。っていうのも、これまでとりつく島もなかったウリンが闇の心であれ自分からマリンと夏音に向けて発信しているんですよ。それにその前はマリンたちから光の心を受け取っているし。

全く溶け合うことのない意思であってもお互いに気持ちを飛ばし合わないことには解決の糸口も見つからないんだから、こんなやり取りでも充分に価値はあると思います。

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