アニメの目

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2009秋期
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戦う司書 第4話 「夕方とシロンとコリオ」

これはお洒落だと思う。コリオは過去を知る本でシロンに恋し、シロンは未来を知る夢でコリオに恋したわけじゃないですか。これはお洒落だ。

時代を越えて後世の人に勇気を与えるような「人が生きた記録」なのだから、それは確かに「本」と呼ぶのが正しいのかもしれないですね。

自分は爆弾であって人間でないと言っていたコリオがシロンの美しさを知り、人の素晴らしさを知ったのだからこの違いは大きい。シロンに関することを何でも良いから知りたいと願ってドアを叩き続ける様子や、何をすればいいのかもわからずにナイフ一本で立ち向かった勇気からは、とても爆弾人間の風は窺えないですね。

シロンは未来を夢に見て、勇敢なコリオの姿に憧れて神溺教団に対抗する意思を固め、コリオはそんな立ち向かう姿勢のシロンに勇気をもらって、人間として「戦った」わけじゃないですか。それってつまり、全然違う時代に生きた二人が共に支え合えるような関係にあったってこと。

シリーズの根幹を成すであろう「本」は、単純に死後に残るその人そのものみたいなものだと思うけど、シロンの夢のおかげで「昔→今」だけでなく、「今→昔」の方向にも作用しているのが良いアクセントだと思います。

さて、コリオが死にました。特攻が成功して、その後コリオが死んだのはもはや事故みたいなもの。今まで散々「コリオは爆弾じゃなくて人間」と書いたけど、ここでコリオの命が尽きるということは間違いなく「コリオが爆弾である」だろうと思います。

「本」っていう特殊なアイテムも登場して、やっぱり「死」については他のアニメよりも多くの要素を含んでいるはず。「死」は「生」のピリオドに過ぎないわけで、ということは「本」および「生死」は重要なところだと思います。

要するに人間何かを成して死んでいって「本」になるものだということ。で、僕はそれがまるっきり爆弾じゃないかと思うんです。

ハミュッツを殺すために爆弾を埋め込まれて、洗脳されて自爆するだけだったはずの「爆弾」が、自分の意思(シロンへの恋)でターゲットを変更し、そいつを殺すということを成して見事「本」となる、そういう「爆弾」になっただけで結局は「爆弾」なんですよね。

でも爆弾で結構じゃないか、という気もします。死んだときに何かを成したと言えるような爆弾人間こそが「立派な本」、ひいては「立派な人間」なんじゃないかな。

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