アニメの目

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劇場版 マクロスF 「虚空歌姫~イツワリノウタヒメ~」 感想

大まかな方向性はテレビシリーズと同じにしつつ、人物の相関関係や設定など大胆に枝打ちしながら「マクロスFらしさ」を全く失わずに2時間で話を作り上げたのはさすがと言うべきかと。

画面を所狭しと動き回る歌姫とバルキリーがあれば良いのさ! というのはいささか極論が過ぎるかもしれないけど、オープニングからド派手なシェリルのライブで盛り上げ、バジュラの襲来、三角関係、ふたたびシェリルのライブ、バジュラとの大戦闘までほとんど高いテンションをキープしていました。

退屈させないというのは劇場アニメの課題でもあるけど、『マクロスF』においてその心配は必要なかったみたいです。

さて本題。

2時間のうちにアルト・ランカ・シェリルそれぞれが抱える悩みや不安を表現して、お互いに支えあうことで乗り越えていく姿を詰め込んだせいで、アルト独特の「かっこわるさ」というのがほとんど見られなくなっていました。

女々しいとまで評されたアルト姫の姿はなく、「弱さ」を抱えることで、他人の「弱さ」をも気遣えるようなスーパーヒーローが活躍していたように感じました。テレビシリーズを観ずに劇場まで行く人はほとんどいないと思うけど、そういう人が見たらアルトは人間の弱さまで理解している完璧超人に見えたんじゃないかな。

シェリルのイヤリングを「想いを伝える石」と、大胆なほど直接的な言葉で表していたように、意思の疎通がメインテーマのひとつ。それは黒うさぎ白うさぎに象徴される人間の二面性から生じる問題でもあります。

「シェリルがスパイかもしれない」という疑惑の設定は、『マクロスF』としてはまさに目から鱗のナイスアイディアだと思うのですが、つまり、「黒シェリル」「白シェリル」に分けてしまうのにスパイという設定は絶妙に効果的だということです。

はじめはフロンティアに来た理由を隠して行動するシェリル。シェリルとのデートで、白の一部に気付いたアルトはシェリルの多くを理解するんだけど、でもやっぱり何か裏があるらしいという気持ちは付きまとう。シェリルがかなり気を許して、アイモのことをアルトに伝えた湖があったけど、水面に映ったシェリルは表と裏(白と黒)が存在していることの象徴。まだ全部は見せていない。

アルトがシェリルの本心を掴みきれていなかったから、「シェリルスパイ説」に確信を持って反論できなかったわけですね。

それに対してアルトとランカは割と早い段階で本心を伝え合います。ファミリーマートでランカのお仕事を聞いた後の路面電車の中。ランカは「こんなに近いのに遠い」と言っていたけど、この段階ではまだアルトはかっこいい自分を演じていて(テレビシリーズと比べて「演じる」動作の重要性は低くなっているけど、「本心」とか「二面性」とかについて話すときにはやっぱり重要だと思う)ランカに「弱さ」を見せていなかったんですよね。

ランカが自分の苦しみを言葉にし、アルトが役者をやめるに至った心情の過程の全てをさらけ出すことで、二人の相互理解は完成されたわけです。

このとき、本心を吐き出す二人がお腹に手を当てていたけど、やっぱり腹って本心の隠れる場所だと思います。「腹の底で何を考えているのか分からない」みたいに言うこともあるように、心の奥深くは腹なんですよ。

だから腹から声を出す歌は白も黒も関係なく「自分」をさらけ出す行為。テレビシリーズでも未知の生物であるバジュラに唯一通用する言葉が歌だったように、歌は「本心」の叫び。二面的なシェリルの本当の声は歌に宿るということ。

身の危険も顧みずに歌い続けたことが、アルトやオズマらSMSの信頼を勝ち取るに至った決め手だったわけですが、両者間の確執(フロンティアはバジュラをギャラクシーの生物兵器だと疑い、ギャラクシーはフロンティアがバジュラの母星を独占しようと企んでいると考えている)が拭われたのも歌の力。

シェリルのリベンジライブのステージが船を模した形だったけど、あれってそのままギャラクシーの言い換えだと思います。移民船団とか言うように、フロンティアもギャラクシーも船なわけだし。

とすると、フロンティアの海にポツリと浮かんだ一隻の船と、そこで一人声を張り上げるシェリルからは、ただのライブと歌姫という以上の意味合いが感じられます。あのステージは小型ギャラクシー。そこで一人訴え続ける歌姫。

まさしくシェリルの孤独を暗示するライブだったのですが、バジュラに襲われそうになったときにオズマが守ったのは、フロンティアとギャラクシーの確執が解消されたことの証であり、シェリルが一人ではないということの証拠。

ランカを救出したアルトはランカをステージまで運び、オズマ、ブレラ、と共にステージを死守。ギャラクシーの歌姫とフロンティアの歌姫(かけだし)がひとつの船の上で歌い、それを両船団のバルキリーが守るという構図に。

これをもってフロンティアとギャラクシーの相互理解は成された、ということ。

そんなこんなで2時間なりに結構詰め込まれてます。テレビではバジュラとの間にまで相互理解を築いたわけだけど、2時間でそこまではさすがに無理ですね。バジュラは完全に未知なる危機として役割を全うしました。


おまけ:腹が本心のメタファーだと言ったわけだけど、最後「私の歌だって!」とライブの続行に走り出すときにシェリルは衣装替え(どうやってるのかは未だに疑問)をしたわけですが、最後の衣装は派手におへそが見えていました。これは自分をさらけ出して歌うという決意のコスチュームだったと思います。

事実として、黒うさぎの露骨に露出した衣装を除くと、シェリルがお腹を出してるのって最後だけなんですよね。

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