アニメの目

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2009秋期
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戦う司書 第9話 「真人と戦場と私の世界」

誰かを殺すようなことなどしなくとも、人は笑える。エンリケが求める笑いはハミュッツのような笑いではなく、クモラやノロティの笑顔。

さて、ここであえてガンバンゼルの笑いというのに注目してみます。思えば彼は、基本的に常に笑っていたと言えますよね。言ってることは無茶苦茶だけど、基本的に穏やかで優しい物腰。老紳士のようなイメージでした。

彼は「怪物」を作って何をしたかったのか。怪物・ハミュッツに地獄を見せられながらも死に損なってしまったガンバンゼルは、結局「怪物」に殺されたかっただけなんですね。ハミュッツの投石のように、空から降る雷で身を焼かれたかっただけ。

この世を焼き尽くす雷で身を焦がすことが真人としてのガンバンゼルの成就させるべき唯一の望みだったということ。「ただ好きで殺しているだけ」のザトウではなく、悩んだり苦しんだりしながら強くなっていくエンリケが、だんだん自分の望む「怪物」に近づいているから彼はずっと笑顔だったのかな。

私の世界という言葉があったけど、言うなればこれがガンバンゼルの世界。

「本」って面白いもので、つまり閉塞的でありながら開放的なものなんですよね。それ自身で完結している(閉じている)世界でありながら、読者に対しては常にオープンなんです。この二面性が「本」を「本」たらしめているのだと思っているんですが、ガンバンゼルの世界は他者が理解できないような「閉じた」世界であると同時に、死後「本」になることで「開けた」物語でもあるわけです。

これまでは「本」が「開いている」という側面の強調されるストーリーが多かったので、ガンバンゼルの件が少し特殊に感じられました。で、ちょこっと感想に書いてみました。

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