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2009秋期
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アスラクライン 第23話 「残る命、散る命」

選択とはいっても、常に「AかBか」で問われる訳ではなく、「AもBも」という回答もある。でも、「AもBも」が許されないような選択の種類も確かに存在する。

二巡目の「僕の世界」を何とかしたいのが智春の本心だけど、でも滅びゆく一巡目の世界を救いたいというのも智春の本当の願い。主人公の少年につきまとう「選択」というものを常に中心に描いてきたシリーズもそろそろ佳境というところで、智春は「AかBか」ではなく「AもBも」という選択を行いました。

一巡目の世界の滅びを止め、二巡目の世界に帰る。

これまでシビアな展開を見せていた『アスラクライン』として、「AもBも」という選択方法は甘い(「ぬるい」とも言える)んじゃないかと、そういうふうに少し思いました。選択と、それに伴う痛みを知った智春の決断としてはあまりに軽薄だと。

でもよく考えると、この選択は薄っぺらではないんですよね。「AのためにBを捨てる」という痛みの選択を知っている智春は、「AもBも選ぶ」ことのできる選択では「AもBも」を選んでしまうのです。AをしてもBができ、BをしてもAができる。そんなことが可能なのであればせずにはいられないということ。

「一巡目を守って二巡目に帰る」ということができるのであれば、という思いでAとBを選んだわけだけど、でもやっぱりそんなに甘いものではなかったです。

一巡目の世界を守るために奏と一巡目の操緒を犠牲にしたわけですから。それでも智春は前みたいに泣いたり悲しんだりして立ち止まることはしなかった。ゲインのためにロスが生じるということを既に知っている訳ですから。その意味では確実に強くなっています。

それから杏の件では「AかBか」という選択をしてましたね。杏ではなく奏、という選択。これに関してはゲインのない苦しい選択だったけど、でも選ばなきゃいけないことですから。どの世界を守るか、という選択とは規模の桁が違うけど、それでも大切な選択です。

今回新しく提示された「AもBも」選択は、『アスラクライン』としては斬新なアイディアであるように感じるんですけど、でも実はそうでもない。アスラマキーナと悪魔を選ぶことで最強の力を得るアスラクラインや、黒鐵と白銀を足し合わせることで鋼と同じ力のアスラマキーナを生み出すなど、AとBの足し合わせに関してはいろんなところで描かれていたし。

そうやって考えると「杏でなく奏」という選択は、『アスラクライン』としてのひとつの究極型にあるように思えます。っていうのも、智春は奏のことも杏のことも考え、両者に最大限の配慮をしたうえで奏という選択を行ったのだから。

つまり、Aを取ってもBを簡単には捨ててしまわない二者択一の選択法。「AもBも」の思考で考え抜いたあげく、なるべく両者を尊重できるように優劣を付けるという、ある意味最も過酷な選択方法です。

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