アニメの目

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2009秋期
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聖剣の刀鍛冶 第12話 「刀鍛冶 - Blacksmith」

最終話。1クールだから敵側の事情というのはどうしても描ききれないものなんでしょうね。でも、本当に必要な要素以外を徹底的に削ぎ落としたスマートなアニメだったと思います。

力を使いすぎたアリアを残して、剣も魔剣もない丸腰でルークに加勢したセシリーですが、セシリーの剣はセシリーの内にある「折れない心」なのだから、腰に剣を差しているかどうか、隣にアリアがいるかどうかなんてことは大した問題ではない。セシリーの「愛するものを守る」という意志こそが最大の武器。

丸腰で体を張ってルークを守る姿は、はじめに氷の悪魔と戦ったときと同じ。セシリーはずっと「守る」ということに関して折れない心を持っていたんですね。

そんなセシリーに対して「もう俺のために誰かが犠牲になるのは嫌だ」とルーク。これに対するセシリーの返しは「犠牲なんて言葉でリーザの意志を踏みにじるな」「すべてを認めろ」。かっこよすぎる。

セシリーは本当にどこまでも人を信じていて、どこまでも真っ直ぐ物事を見つめている。そんなことを感じさせられました。若干さっき書いた『アスラクライン』の感想とかぶる精神論ではありますが、つまりはそういうこと。

ルークとリサは橋の上で理解し合えたんですが、ルーク側の問題は全てが解消されたわけではなかったようです。ルークはリサにもリーザにも負い目を感じているんですよね。「リサを守る」ということに関しては決して折れることのない意志を持っていたとしても、リサの「一蓮托生」という言葉を真正面から受け止めることはできなかった。

橋が分断されたとき、一人でシーグフリードのもとへ行ったのがその気持ちの表れです。この上さらにリサを危険に合わせるわけにはいかないということなんだけど、優しさというよりは「これ以上傷付けられない」といった自責に近い感情だと思います。

刀鍛冶であるはずのルークがあれだけの剣術を身につけたのは、ヴァルバニルのときに「自分も戦うことができれば」という思いがあったからでしょう。自分の刀で、自分の剣術で大切なものを守るという意志。

でもそれこそがリサの気持ちから目を逸らした行為。「自分のナマクラを使って傷付くのは自分だけでいい」とか「自分以外の誰かが傷付くのは嫌だ」とか、そういうヘッピリ腰です。

セシリーが「私に刀を打ってくれ」と頼んだときも、「俺は俺のためだけに刀を打つ」と答えていたように、とにかく自分の刀を自分以外の誰かが使うのを嫌っていました。リーザが死んだのを悩んで苦しんで悔やんだ結果だと思います。

でも最後にルークはセシリーのための刀を打って、セシリーに戦いを託しましたね。これはつまり、ルークがリーザの意志を認め、セシリーの意志を認めた結果。ルークがリーザの死を乗り越えた瞬間ですよね。

大切な人に自分の刀を持たせ、最前線で戦わせるというのは、自分の刀を信じ、その人を信頼し、その人の意志を尊重してないとできないこと。

そんな感じ。熱い展開で面白かったです。最初にも書いたように、1クールだったから話に膨らみがなかったのが残念だけど、セシリーを見てると妙に手に汗握った感がありました。それにしてもあの二人、もう結婚したらいいのに。

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◎聖剣の刀鍛冶#12刀鍛冶-Blacksmith- from ぺろぺろキャンディー 2010-03-14

タイトルとサブタイトルが同じになってるから、今回で最終回っぽい。ルークとリサが夕日見てた。そして、ルークは俺といて楽しいかと聞く。リサは、嬉しすぎてかえってつらいですという。そして、私はリーザさんじゃないし、人間ですらないと泣き出す。ルークはリーザの名...

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