アニメの目

  • -- - -- --
カテゴリ:
スポンサー広告
コメント:
-
トラックバック:
-

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ:
2010冬期
コメント:
0
トラックバック:
0

戦う司書 第22話 「空と結末と彼女の世界」

結末という言葉があるけれど、武装司書と神溺教団との戦いという意味では確かにひとつの結末を見たのかもしれないです。が、なんなんだろう、この物寂しい感じは。

思えばずっとこんな調子で、「痛み」「悲しみ」「苦しみ」を描きながらも実に淡々とストーリーが展開してきた『戦う司書』ですが、神溺教団と雌雄を決する大一番すら、なんとも薄味に仕上がっていたように感じます。

ノロティがアーキットを抱きしめる場面。踏みつけられてもアーキットを救おうとする場面。その優しさにアーキットが混乱する場面。混乱がエンリケが捨て身でノロティの本をアーキットに届けようとする場面。実は全部が「熱い」場面なんですよ。

気付いたら拳を握っていたり、瞬きを忘れていたり、まさに食い入るように見入ってしまうというシーン。

でもノロティが殺される場面も、エンリケがカチュアの結界を破る場面も、アーキットや世界中の人が憎しみから解放される場面も、まして神溺教団との戦いが終わる場面ですら感動はなかった。

もちろんこれは決して批判ではないです。その後の「むなしさ」というのは明らかに意識して作られていますから。

僕の感覚はエンリケに近いのかな。熱くなって観たけど、それを観終わったらなんとなく空っぽのような気がしています。ノロティの物語も、この武装司書と神溺教団の戦いの物語も(いくつかの疑問は残しているけど)全部終わってみると明らかに何かが足りていないような気がするのです。

ハードな世界を舞台に、あらゆるタイプの人間の生き死にが描かれているんだけど、その幕引きに儚さやむなしさを感じます。

ああ、うまく言葉にできない……。作中の言葉を借りるなら、あの世界の人間は本当に全員が「駒」なんじゃないだろうかという、そういう疑念すら湧いてくるくらいに不条理で無味無臭であっけない。

頭がぐちゃぐちゃしてしまいました。いやしかし、結末とか終わりとかって、そういうものなのかもしれないですね。

コメント


コメントを管理人にだけ表示させる

トラックバック

このエントリにトラックバック
お知らせ
最新のエントリ
カテゴリ

アニ☆ブロ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。