アニメの目

  • -- - -- --
カテゴリ:
スポンサー広告
コメント:
-
トラックバック:
-

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ:
2010冬期
コメント:
0
トラックバック:
0

デュラララ!! 第9話 「依依恋恋」

ここまで登場したのは、どっかゆるんでたり切れてたりするような変な人が多かったのは間違いないけど、ここへきてCMでもさんざん登場している「歪んだ」という言葉が色を強くしてきた感がありますね。たしかに首を巡る「愛」のやりとりは歪んでいる。

えと、自発的に「愛」っていう言葉を使ったのは4人。誠二とお姉さんと首の少女と臨也。

誠二の愛は物に向けられた愛に近いのかな。首が首単体として存在したときから、それに魅了されていたのだから、その下に体があろうとなかろうと、あまり関係ないのかもしれない。

でも、体を手に入れたことによって自分と同じように歩くことができるようになったというのは、彼にとっても大きな意味を持っているんじゃないでしょうか。お姉さんも言っていたけど、大抵の場合、愛は他人に何かを求めるということ。

動きのない物体に、何かを求めることはできないですもんね。それで、誠二の愛とやらは、まさしく「求める」「ねだる」の愛。「相手のことを知らなくても良い」「そんなことは愛とは関係ない」という彼の主張は、まさしく彼の愛が一方的に求めているだけの愛であることの証。

それに対してお姉さんの誠二に対する愛は「求める」愛とは違うらしい。自分でそう言っていたから、とりあえずは信じてみます。ならば彼女の愛はきっとその反対。「与える」愛みたいなもの。

首を人形(=物)みたいなものとして誠二に見せ、誠二が求めるままに首に体を付加した。それから一人の人間のような姿を得た首を誠二に与えた。首も体も資金も全部「与える」のが彼女なりの愛。

ただ、ここで歪みが見られます。彼女が首の少女の処理を考えているということは、与えた物を取り上げるという行為に他ならないわけですよね。

誠二が自分から遠くに離れてしまうのを恐れ、それを拒む(近くにいることを求める)行為です。彼女の否定した、「偽物の愛」とやらと全く同じ行為なんですよね。ここで彼女の信念に歪みが生まれてきています。

次は首の少女の誠二への愛。これがやっかい。

まず、首の少女は一体誰なのか、という問題があるんですよね。彼女の自我は首にあるのか体にあるのか、それとも首と体がくっついた時点で新しい自我が生まれたのか。

セルティが新羅に好意を抱けるのだから、誰かを好きになるというのは頭(思考的)ではなく、体(感覚的)の働きなのかもしれない。

ならば彼女の体は、誠二をストーキングしていた張間さんなのだから、誠二を愛する理由にもなります。ただ、ここで恐ろしいと感じるのが、誠二との間の「愛のねじれ」ですね。誠二は少女の首から上を愛し、少女は首から下で誠二を愛しているのだから。これも歪みと言えるかもしれない。

あるいは首の少女の自我が体になかったとすると、彼女が誠二を愛するのは、誠二が自分を保護してくれる存在だと知っているから、というのがもっともらしい理由で、そうすると完全に「求める」愛。自分を守ってくれるから好き、ということになるのかな。

いずれにしても、ぞっとしないな。

さて、臨也の愛。これは単純に人への興味のことですよね。強いて言うなら「他人が何か面白いことをしてくれるのを求めている」愛ってところ。

その意味ではすごくノーマルな愛情(お姉さんの言うように、世に溢れる愛は全て「求める」愛だとすると、の話)なのかな。ま、彼は奇声を発しながら女子高生の携帯電話を踏みつけるような、精神が歪んでしまった人間なのですが。

分からないのはチェスと将棋とオセロを碁盤において行った、あの奇怪なゲーム。何のメタファー?

うーん。まあひとまず置いておきましょう。これで「愛」っていう言葉を発したのは全部ですが、もうひとつ気になる関係があります。セルティと新羅の関係。

これまでの「愛」の関係が、ほとんど「依存」に近かったように、セルティも新羅を必要としています。たぶん彼と話しているときが一番落ち着けるんでしょう。でもなんて言うかな、セルティの人柄のせいか、彼女の愛は真っ当で純粋な愛に見えるんですよね。

その違いは上で書いたような「歪み」があるかないかなのかな。「依存」っていう視点から見ると、セルティ→新羅と誠二→首の少女の愛はかなり似てるんだけど。

で、新羅に関してはすごい印象的なセリフがあります。セルティが公園で自分の首を発見したと動転しているときに「その子の首をどうしたいんだい?」と言った、あのセリフ。

ちょっと考えたら、この発言ってセルティにとってはすごく酷ですよ。20年かけて追いかけてきた首が別の人間の体に乗っていて「ああ、これまでの努力は無駄だったのか」と落ち込んでいる人間に対して、「じゃあその子を殺して首を取り戻すのか?」と訊いているわけですから。

でもこれって、逆にセルティを落ち着けたくて言った言葉なんでしょうね。あえて冷たく、酷な言葉で相手を落ち着けるっていうのは、これは他のキャラが持たない愛の形。

(ただ、新羅についてはいまいち分かってないことも多いです。例えばセルティに首を取り戻して欲しくなくて言った言葉、という解釈もできなくはない。それならばお姉さんと同じで「求める」愛ということになりますね)

コメント


コメントを管理人にだけ表示させる

トラックバック

このエントリにトラックバック
お知らせ
最新のエントリ
カテゴリ

アニ☆ブロ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。