アニメの目

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2010冬期
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戦う司書 第24話 「真実と恋と第二封印書庫」

クライマックスですな。思えばシリーズで一貫して扱ってきたテーマって、「愛」なんですね。しかし最近「愛」について語りすぎな気がする。『デュラララ!!』然り、『ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド』然り。

てなわけでチャコリーの能力とか、ハミュッツの望みとか、そのへんはあえて脇に寄せながら感想を書いていきます。残念ながら僕は「愛」を語れるような体質に生まれてきていないのです。

さて、「天国」ことルルタはちょっと普通の人間とは言い難いけど、女性に焦がれたり、死にたいという弱さを持っていたり、かなり人間らしい人格の持ち主のようです。

彼が何を思っているのかは分からないけど、彼が本(特に恋の本)を求めるというのは、彼の人間らしさに起因しているんでしょうね。過去神に取って代わった彼は、それこそ本当に神様のように存在していました。武装司書も神溺教団も、他の普通の人々も、みなルルタのために生きて、死んで本になる。

ハミュッツとチャコリーはルルタを殺すために作られた「道具」だと言っていましたが、ルルタのために存在するという意味では、他の人たちと一緒なのかもしれないです。ハミュッツはそれを自覚していて、他の人はそれを自覚していないというところが違うだけ。

それでも「本当にルルタのためだけに生きているの?」ということを問うてみたくなります。ほんとうにキャラがたくさん死んでいったけど、全員に共通していたのは何かに必死だったということ。もちろんルルタのためでなく、他の何かのために。

コリオも、ヴォルケンも、ノロティも。みんなその例。

彼らはルルタことを知らなかったんだけど、マットはルルタのことを知りながら、ハミュッツのために必死になっています。日常的に神と呼べるものと関わり、自分という物語はルルタのために紡がれていると知りながら、ハミュッツにだけは真剣。

彼はそういう世界のあり方(図書館にルルタがいて、人の物語は彼に献上される)を知りながら、自分が生きる意味はハミュッツにあると確信しています。ルルタが世界を終わらせようとしたときに、「自分は死ねない。ハミュッツのために死ねない」と腕を撃ち抜いて意識を保っていたけど、彼はルルタを知っていても、ルルタ以外のために生きることができているわけです。

ただ、ハミュッツは少し難しい。彼女の生きる意味は全てルルタにあります。ルルタを殺す「道具」として育てられてのだから、それは当然かもしれませんね。

でも、それすらも本当ではないと思う。彼女のモノローグに、武装司書としての生活を「このままでもいいかと思っちゃった」とあったけど、それこそ彼女が「ルルタのための人生」から逃れつつあることの証拠です。

つまりですね、ルルタのこと、世界の仕組みを知っていようが、人はルルタ以外の何かのために生きるし、たとえルルタのために生かされていたとしても、それ以外に自分が望むものが生まれてきて、それに焦がれて生きることができるんじゃないかということ。

ハミュッツはそのことにちゃんと気付いているようです。彼女は賢いから。「あなたのために生きているのではない」という意志を込めて、ルルタと戦うことになるのかな。

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