アニメの目

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2010冬期
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戦う司書 第25話 「静寂と惰眠と絶望の物語」

ルルタは人だった頃から本を喰っていたんですね。それは終章の獣と戦う能力を得るための本喰いで、本を献上されるっていうのは、まさしくその人の一生を糧にするということで、そりゃもう常人では耐えかねるプレッシャーだったでしょう。

彼の弱さを許すといったニーニウと、ルルタとの恋愛は英雄譚の裏側としてはよくある物語です。こう言っちゃ何だけど、陳腐。ただ、終章の獣を討ち倒したルルタが図書館の館長となり、その後ニーニウを幸福にするために無限の幸福な本を求めたというのは、なかなか恐ろしい話です。

だってそういう陳腐な悲劇がずっと世界を支配し続けてきたということでしょ? もちろん彼の愛情は本物で、ニーニウの本を喰らったというのも、ルルタが二度とニーニウの存在を忘れないためだったんだけど、そもそもそれが恐ろしいことです。

ルルタの望みはニーニウに幸福を与えることで、対してニーニウの望みは世界の滅びと再生だけ。ルルタの愛情が実を結ぶことはあり得ないのに、ルルタは世界を滅ぼさずにニーニウに幸福な本を与え続ける。そういう怠惰な愛情のために世界は生かされているのか。

かといってルルタを責めることもできないのが困りもの。ニーニウを愛したときに彼はニーニウのために戦うと誓ったのだから。

このタイミングでルルタが世界を終わらせることを選んだのは、武装司書と神溺教団の憎しみの戦いに絶望したからかな。根性の腐った連中が命を奪い合い、幸福とはほど遠い形で本になっていく戦いですからね。ただ、その外道たち戦いの中にもコリオのような美しい物語があり、ノロティのように愛情をもって戦った司書もいたんですけどね。

その辺がラストでどう生きてくるのか。本を喰われた人は仮想臓腑とやらにいるようですが、ハミュッツもそこに行ったようだし、最終決着の場はそこでしょうか。死んで完結したはずのキャラクターたちがラストのラストにどう関わってくるのかは見物です。

話は変わりますが、シリーズ通して感じてきた虚無感というか、熱い展開の中にも必ず存在した冷ややかなものの正体が何となく分かりました。

人は生まれた瞬間に物語を紡ぎはじめ、いずれ死んで本という形に完結する。世界もそれと全く同じことが言えるんですね。世界だって生まれた瞬間に完結に向けて走り出す。

コリオやシガルのころには「世界の終章」なんていうものは触れられていなかったけど、それでもずっと「終わり」というものを意識して作られていたんだと思います。

それがこの薄ら寒さの正体かな。つまり、そこかしこに描かれる「終章」が、この世界にネガティブな空気を与えていたということ。

そうやって終わりというものをテーマにしているだけに、この『戦う司書』なる物語がどういう終章を迎えるのか、なかなかに楽しみなものですね。

最後に一言。別にルルタの物語を否定しているつもりはありません。彼の選択、彼の判断っていうのは世界と直結していてスケールが大きいということは分かるし、その重みというのも理解できます。だから彼も終章へ向かう世界の流れに逆らえなかったごくごく普通の人間であり、その意味では今を生きる(生きた)人々と敵対するような関係というふうに認識もしていません。

いちおう誤解のなきように、最後に付け足しておきます。

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