アニメの目

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2010冬期
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戦う司書 第26話 「贖罪と惑と本の中の本」

これまで書いてきた感想、結構読み違いがあった? 根幹、テーマみたいなところは合ってると思うんだけど、ルルタの仮想臓腑内でのハミュッツの行動を見ていると、ハミュッツはそんなに殊勝な女じゃないという気がしてきます。

ハミュッツはルルタを殺すための道具として作られて、だからハミュッツは愛も憎しみもなくルルタを殺そうとした。だってハミュッツはルルタを殺す道具だから。ルルタを殺さなかったんじゃ、ハミュッツ=メセタが生まれた意味がない。

狂気の沙汰ですよね。ルルタに投石機で石を打ち込みまくるハミュッツは尋常じゃなかった。

ルルタが魔法権利を譲渡して動き出したニーニウに、ハミュッツにも仲間がいて、愛する人がいて、そういう守りたい者のいる世界では死は苦痛だと諭される。ハミュッツは道具ではなく、人だと教えられる。

これで仮想臓腑内でのハミュッツ最強神話は崩れ、ハミュッツは殺されれば死ぬ、ただの「人」になる。それに気付いたのって、ハミュッツの弱体化? いや、違いますよね。

ハミュッツとコリオは似ている。コリオはハミュッツを殺すために爆弾を埋め込まれた「肉」。すなわち道具でした。それなのに、シロンの本に出会い、シロンを愛し、その結果「ハミュッツを殺す」という本来の「用途」から逸脱してシガルを殺し、命を落としました。

彼は「道具」として作られたのに、笑顔を見せる仲間がいて、愛するシロンがいて、それによって彼の生きる意味は塗り替えられたということです。

ハミュッツもルルタを殺すために、およそ人とは思えないような「改造」を加えられた「道具」だったのに、いつの間にか死を苦痛に感じる「人」になっていました。

もっと視野を広めてみると、世界中の人はニーニウに幸せな物語を与えるために生かされた存在。いわば「装置」です。だって、本来ならルルタが打ち倒した終章の獣によって、とっくに終わっているはずの世界でしょ? その世界がルルタの一存でこれまで続いてきた。そのルルタは、ただニーニウを幸福にすることだけを考えて、武装司書と神溺教団を作った。

それなら世界中の人々が、ニーニウに物語を差し出すための装置だという解釈は、全く間違っていないはずです。

でも人々は本来「生産」するはずの物語は紡がず、それぞれの信念とか愛とか、そういうもののために戦って、幸せに死んでいった。ニーニウなんて関係なしに、自分の幸せを紡ぎ出したということ。

ここまで来ると、ノロティの「世界は私のもの」という言葉にも、別な意味が見えてきます。つまり、ルルタがいようがニーニウがいようが、そんなのは関係なしに私は私の世界を生きるという主張。

ガンバンゼルが死んだ9話のタイトルが、実は「真人と戦場と私の世界」だったんだけど、ガンバンゼルだっておよそ常人から理解されないような、彼にとっての幸福の中で死んでいきましたよね。ガンバンゼルの命はガンバンゼルのもの。ノロティの人生はノロティのものです。

そうやって考えると、ニーニウが終わらせようとしている「この世界」っていうのは、誰のものでもないってことになります。コリオのものであり、ガンバンゼルのものであり、ノロティのものであり、もちろん、ハミュッツのものでもある。

誰かに与えられた「生まれた意味」の殻を破って、自分の幸福を見つけた「人間」ならば、みんなが世界の所有者ということ。その意味では、「この世界」はルルタのものでもあります。でも、ニーニウのものではない。

ニーニウは、いわば「終わりへの欲求」を植え付けられた存在ですよね。つまり、ニーニウは「道具」として働いているに過ぎない。だから、彼女にある唯一の欲求「世界の終わり」が、「彼女の幸福」にはならない。

そんなニーニウにも、彼女の幸福はあったはずなんですけどね。彼女はルルタを愛していたのだから、そのときは「この世界」もニーニウのものだったはず。

さて、長くなってきたので結論を書きますか。上で「ハミュッツが大切なものの存在に気付き、そのせいで死が苦痛になった。だから仮想臓腑でも死ぬようになった。でもそれは弱体化ではない」と書きました。

その理由はコリオを見てれば分かりますよね。自分では何も持たずに生まれてきて、「ハミュッツを殺す」という命の使い方を与えられた彼は弱かった。でも、シロンに恋してからの彼は強かった。

ハミュッツだって同じ。「ルルタを殺す」という生きる意味だけ与えられたはずの彼女が、マットについて武装司書になって、すぐに代行まで上りつめて、そうしている間に生まれた仲間意識とか愛情とかが、彼女にとっての枷であるはずがない。

「死を快楽に」が、彼女の「道具」としての能力なら、彼女が得た「代行としての武装司書からの信頼」が、彼女の「人間」としての能力。その力でもう一度「私の世界」を守るための戦いを。

そんな感じで次こそは最終話でしょうけど、27話っていいですね。普通は長くても26話で終わらすところを、「いや、まだ世界は終わらせない!」という27話目。燃える展開ですね。「私たちの世界」なのだから「私たち」で管理する。そういうことになるのかな。

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