アニメの目

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2010冬期
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戦う司書 第27話 「世界の力」

「世界の肯定」って言葉は、昨日書いた『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』の感想でも使った言葉なので、全く違うアニメなのにどうしても比較をしてしまいそうになります。でも、それはできるだけしないようにしよう。『戦う司書』は幸福な物語で、幸福は他の何かと比べるようなものではないはずだから。

ハミュッツの「本喰わせ」の能力は、あくまで手段にすぎません。その能力が生かせたのは、生前のハミュッツが部下の武装司書を育て、なんだかんだと彼らから慕われていたから。

ルルタが存続させ続けた世界で、ハミュッツが武装司書のトップとして生きたということが、仮想臓腑での本当の彼女の能力だと思います。

ルルタを殺す「道具」として作られたハミュッツのアイデンティティは、いつの間にか「ルルタを殺す道具」から「武装司書であること」に替わっています。その第二のアイデンティティ(=生きる意味、生きた証)が彼女の真の力です。

人は生まれてから死ぬまでにいろんなことをします。『戦う司書』に登場したキャラクターは誰もが一筋縄ではいかない人生を歩み、本となりました。明るくってハッピーハッピーな本になった人はいなかったけど、その中でも幸福の物語というのは生まれるものです。

他者に与えられた役割で生きてきたハミュッツが死ぬ直前に「自分の幸福」を見つけたように、あるいはヴォルケンが一生涯(死んでからも)貫き通した武装司書の信念を胸に消えていったように、苦しみながらでも、その苦しみと戦って生き続けた人の物語には幸福が宿るものなのかもしれません。

そんな苦しみの中でも幸福が芽吹くような世界を、全面的に肯定しています。「生きることに意味はある。愛することに意味はある」です。そんな人々が生きているのだから、「この世界」にだって意味はあるんです。

だからみんな戦う。『戦う司書』って、ほんとにすごいタイトルですけど、全部終わって振り返ると、これほどまでに「戦った」アニメもそうそうないんじゃないでしょうか。「私の世界」で私が幸福を得るために戦う。途中で死んだ人も、まだ生きてる人も、みんなそうやって何かしらのものと戦っていました。

ヴォルケンが神溺教団の教義を唱えながら登場しましたね。あの教義も、コリオ編ではじめ聞いたときは「なんて無茶苦茶な理屈なんだ」と思ったけど、こうやってヴォルケンが言うと説得力があります。簡単に言うと「生きているなら幸福を望もう。望めば幸福は得られる。だから、生きていることは素晴らしい」ということだと僕は解釈しています。

ルルタが神溺教団を作ってこれを教義としたというのは、「ルルタがニーニウに捧げる幸福の物語を人間に製造させていた」という側面から見ると、たしかに恐ろしい話です。今まではずっとこっちの面しか見てませんでした。

でも、僕がヴォルケンから感じた意味だと、「ルルタは潜在的に人間が生きること(=世界が続くこと)は素晴らしいと知っていた」というふうに捉えることができるんです。だって、ルルタは人間の可能性を信じたからこそ、世界を続けてそれを見続けたんだから。

最後の後日談。図書館の本の収集と管理という仕事のみを受け継いだ組織でミレポックが働き、武装司書唯一の極刑となったマットは逃げ延び、自分が壊した本を拾い集める旅に出るというのは、「この世界」の未来を感じさせてくれました。終章のこない世界です。

生きることに意味はある。だからマットは生き延びた命を無駄に散らすことはせず、自分が「生きた証」を奪ってしまった人々の「生きた証」を拾い直す。ハミュッツがいなくなってから、彼自身が見つけた彼の新しいアイデンティティです。

いずれはマットも死んで、本になる。またひとつの偉大な物語が終章を迎える。でも、そんな無数の物語を呑みながら、世界は終わりを迎えずにずっと続くのです。

美しい世界ですね。


おまけ:幸福幸福と書きすぎたせいで少しいかがわしい臭いすらしてきました。でも、『戦う司書』は本当に幸福の物語だったと思います。

終盤になるとシリーズのテーマというのが見えてきてたし、ストーリーの構造もある程度理解できたので、どんどん楽しくなっていったんだけど、モッカニア編が終わったあたりの感想を書くのはものすごく辛かった。全然分かんなかったもの。感じることはぐちゃぐちゃで、何を考えたらいいのかも分からない。まさにお手上げ状態でしたが、我ながらよく乗り越えたと思うよ。

なかなかヘビーな付き合いだったけど、おかげで随分楽しめました。少なくとも、自分にとってはかなり特殊なアニメだったと思います。今は『戦う司書』のスタッフさんを「先生」と呼びたい気分です。いろいろお世話になりました、みたいな。

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