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2010春期
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閃光のナイトレイド 第5話 「夏の陰画」

人種も建物の様式も様々な国際都市上海。世界中からこれだけいろんなものが流れ込んでくる都市には、やっぱり主義主張の異なる人がいるわけで、当時の主義といえば共産主義か資本主義か。この点でもって世界が真っ二つに割れるのだから、人だって二つに分別される。そのどちらも選べない人は、選んで突き進む人の後ろ姿を眺めることしかできない。

思えばこれだけ共産党だ国民党だとストーリーに関わってきたのは初めてかもですね。

西尾が葛や愛玲と同じ傷を自ら負ったのは、本当に「全て計算尽く」だったのか。

ということを考えるにあたって重要なのが、西尾が共産主義者だったということ。上海の豪邸立ち並ぶ街並みをして搾取階級の巣窟と吐き捨てる男ならば、同じ事故にあったのに愛玲だけが怪我をするのはおかしいと考えたとしてもおかしくはないと思います。

要するに共産主義っていうのは、運良く金儲けした人やうまいことやって金儲けした人と、真面目にコツコツ労働を続けている人に貧富の差があってはならないという考え方です。

運悪く怪我をした愛玲に、自分の「無傷」を分けてやることができないのなら、自分もその傷を負って「平等」になる。

西尾はそういう大きな思想に基づいて愛玲と同じ傷を負っただけで、別に「自分に心酔させて利用してやろう」とかは考えていなかったんじゃないかと思っています。ただし、愛玲を勇気付けようとか、そういう個人に対する意識で行った行為でないのも、おそらく確か。

西尾は大局が二分化される世界情勢において、その大局のみを見ていたんだと思います。大局的な主義に則って愛玲を「救った」わけで、別に愛玲という「個」に興味があったわけではない。だから彼は彼女を残して先へと進んだ

それに対して愛玲は西尾という「個」にしか興味がなかった。西尾の向こうには確実に共産思想が広がっていたのに、それには目も向けずに西尾だけを見ていた。この差が二人の決定的な違いで、この違いがある限り、二人は一緒にはいられない。

「惚れた男が信じる道」なんて思いだけで邁進できるほど、「主義」というものは易くないのです。たとえ「惚れる」が「心酔」の域でも、それは難しいんだと思います。

しかしこの「同じ傷を負う」というのが実はけっこう面白い。

「痛みの共有」が絆になるのです。葛が珍しく他人に興味を示した相手は愛玲でした。その理由は、愛玲が自分と同じ「痛み」をもっていたから。同じように西尾のこと背中を追いかけることしかできない者だったから。

個人個人は違うものなんだけど、その中のある一部分に共通するものを見つけたら、その個人の間には何らかの関係が生まれる。それが葛と愛玲の傷のようなものだったら、絆と呼べるくらい特殊な関係になる。

そういうことで、今回はずいぶんと共産主義的な話だと感じました。政治的な話ではなく、あくまで「個」のレベルで。それぞれが違うことを前提として、いかにして気持ちを共有させるのか、共有すると何が生まれるのか。そういうものを陰鬱な悲劇で切り取った話だったのかな。

(しかし、こんなふうに「共有」がキーワードになってくる話で、どうして雪菜の出番が一度もなかったんだろう……。いや、今回はあらゆる能力を登場させないことに意味があったのかな。棗も普通に監視してただけだったし)

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