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2010春期
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閃光のナイトレイド 第9話 「新しき京」

地下道ってナイトレイドの世界を象徴するような存在だと思います。そこをくぐり抜けてたどり着いたのは、またしても「個人」と「大局」の構図。ただし、それは相反する存在としてではなく、個人の覚悟によって大局に飛び込んでいく二人の女性が描かれました。

そういう意味ではやっぱり転換しているんだと思います。

葵の考え方は、政治や国益よりも個人を優先しようというもので、現代の視聴者としては受け入れやすいものです。だから、僕らの立場からすると、静音や葛の考え方が古く、葵の考え方のほうが新しいと感じられます。ずっとそういうふうに「葵=現代、葛=当時」のイデオロギーを体現しているのだと認識していました。が、果たして本当にそうなのか。

満州国建国、上海事変。日本とアジアの関係ひとつをとっても、確実に時代が動いているなかで、静音に向かって「君は昔と何も変わらない」と言った葵こそが時代の動きに感応できていない「古い」考えだと、当時はそう考えられていたんじゃないかな。

戦争が起ころうとしている。そういう状況を前に社会や国益よりも一人の女性を選べるというのは情熱的であり、そういうふうに「個」を重んじる考え方があってもいいとは思うけど、ただ、当時の人々は当然それを認めなかっただろうなと。「このご時世に何を言っているんだ」と時代についてきていない、古いものとして非難される対象だったんだろうなと。

だから静音が預言者として生きることを選んだこと、雪菜が自分から積極的に兄に関わろうと決めたことは、やっぱり敬意をもって肯定するべきなんでしょう。ずっと「大局」と「個」を対比しながら、「大局」のなかで「個」がいかに動くか、ということを描いてきた『ナイトレイド』の世界だけど、ここで「大局」に飛び込もう(絡め取られよう)と決意した二人の「個」のことを認めるべきなんだと思います。

それは「大局的に見て仕方ない」とか、そういう負の方向の決定ではなく、もっと信念を伴った決意だったから。「大局」の情勢で「個」の行動は大きく左右され、「個」の集合体として「大局」が存在するのだから、そもそもこの二つは単純に対比して、相対する存在として扱えるはずもないのです。

人の行動、考え方はどうしたってその時の社会の様子に影響される。というか、ある程度は適応していく勇気が必要。何でもかんでも周りの人に流されるというのもどうかと思うけど(全員が同じ方向を向く、違う方を見ている人を糾弾するという社会では悲劇が生まれるということが人類の歴史によって示されています)、だからといって全員が葵になるわけにはいかない。静音や雪菜の存在は貴重です。

繰り返しになるけど、彼女たちは考えた上で大局に適応することを選んだのだから、きっと間違いは起こさない。

雪菜は動き出した。棗は雪菜をこれからも支え続けるだろうし、彼のなかにも「日本が強国となることで救える人がいるのならば」という意識を持っていることも分かった。葛は葵に感化されて「個」に目を向けられるようになってきている。「新しき京」に象徴されるように、時代が動いているのに、一人だけ変われていないのが葵。

彼の考え方は大事だと思うから、別に考え方を曲げるとか、信念を捨てるとか、そういう必要はないんですよね。ただ、周りの人間が変わっていることをちゃんと理解しないと、そもそも「大局」からはじき出されてしまいます。貴重な考えであっても、そもそも発言権を失ってしまいます。だから葵は変化を受け入れないといけない。それが「大局」に対する「個」の(決してネガティブではない意味の)宿命です。

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