アニメの目

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2010夏期
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世紀末オカルト学院 第1話 「マヤの予言 MAYA'S Prophesy」

なんだこれ、すごく面白そうじゃないか。

オカルトってものに興味を持ちだしたというタイミングもあり、結構楽しみにしつつも、どんなふうに作ってくるのか全くの未知数ということもあったんですが、初回はかなり好感触。これが個人的なオカルト入門になってしまうかもしれない。

すましたキャラがいないんですね。マヤとかクールを装おうとしてるのか知らないけど、全然クールになりきれてないし。ま、そこがかわいくて、逆にかっこよくもあるんですが。

「オカルトなんて大っ嫌いだーっ!」というのは、ある意味では彼女の本心。でも同時に「オカルトは目には見えないものを信じさせてくれる」という気持ちもあり、子供の頃はそれに夢中になっていたんですよね。

マヤがオカルトの楽しさを知りながら、あるいはオカルトを信じながらも「オカルトは嫌い」と言うのは、オカルトが自分から父親を取りあげたからだそうです。あのくだりで「ああ、こういう人間ドラマも挟んでいくのか」と思ったんですけど、よくよく考えたらそれは当然。

オカルトなんて淘汰された少数派の宗教みたいなもの。それはオカルト通のマヤも言っていたことだけど、要するに人間ありきの「文化」なんですよね。だからオカルトを題材に物語を作るなら人間のドラマには充分な蓋然性がある。むしろ人間を描かずにオカルトばかりは描けない。オカルトなんて信仰です。

マヤの目的「学院を潰す」というものには、オカルトを信じていて、その上でオカルトを嫌っているマヤの人間性が表れています。

しかし意外だったのは舞台設定です。オカルトとは違うけど、怪談を作るなら舞台は身近で雰囲気のある場所に限られますよね。放課後の学校とか、街外れの閉鎖した病院とか。恐怖感を与えるには観る者の感性に近いところで話を作らないといけないんだけど、この『オカルト学院』の舞台はかなり現実離れした山の中のでっかい学校。ほんとに、さながら宗教施設なんだけど、こんなものでは視聴者の感受性に働きかけるようなことは期待できないです。

で、そういうことと、あと作風からして感じたのが「信じさせるつもりは全くないな」ということ。監督と構成はオカルト魂の持ち主らしいんだけど、それを押しつけるつもりはさらさらないようで、そこは安心しました。要は「オカルトなるものを認めると世界はこんなに変わる」というもののようです。

それをどう受け入れるかは受け手次第。それこそ信じればオカルトは存在するわけです。

さて、話変わって彩陽さんデビューシングルおめでとうございます。そっかそっか、今までキャラソンとかいろいろ歌ってたからもうとっくに高垣彩陽名義のソロで活動してると思ったら、これが初めてだそうです。いい曲でした。

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