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2010夏期
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学園黙示録 H.O.T.D. 第3話 「Democracy under the DEAD」

今までの世界はもう終わっている。それなのに、この期に及んで民主主義とは無駄に弁の立つ教師ですね、紫藤先生は。あの矛盾っぷりは腹が立つのレベルでは済まない嫌悪感を感じる。

今回はやっぱりひと言、「今までの世界は終わった」というところに尽きると思います。それに対して、それぞれのキャラクターはどう対応しようとしているか。

まず紫藤。彼は「今までの世界での価値観は意味を持たない」ということには気付いているらしい。気付いた上でそれに気付かない人をうまく利用しようとしている。

彼が学校から逃げ出したバス一行のリーダーに名乗り出たときのやり口はこうでした。まず、「争いごとを起こさないためにリーダーが必要」とタネをまく。その上で「自分は教師であり、あなた方は生徒である」と立場をちらつかせる。そうして現状に怯えきった生徒たちの賛同を取り付け「民主主義」によりリーダーの座に就く。

「教師」というかつて存在した学校制度の名残を身に纏い、「民主主義」というかつて存在した社会の方針決定法を武器にする。「今までの世界はもう終わった」のであれば、これらには何の意味もない。教師であることに何の価値があるのか。

紫藤はそのことを理解しながら、そのことを理解していない学生たちを利用してリーダーに立候補したわけです。目的は手駒を増やすためでしょう。

さて、じゃあ孝はどうか。彼は「今までの世界は終わった」ということに気付いていないらしい。それは、バイクの無「免許」運転が「高校生」の「特権」だと言ったことから明らかです。でも、それって今までの流れからして当たり前。彼は前回、この現状から必死にエスケープしていたわけですから。

ただ、彼に関しては「新しい世界へのシフトチェンジが終わっていないからこその優しさ」みたいなものを感じます。奴らは音にのみ反応するという高城の説を誰かが証明しなければならない。そうなったときに彼は自分が行くことにした。きっと理由は「女性に行かせるわけにはいかない」だと思います。そういう古い世界のマナー、あるいはもっと倫理的なエチケットのようなものを彼は大切にしています。

バスを発進させないとまずいのに、助けられる人は助けたいと思う心であるとか、一人でバスを飛び出した麗を引き留める優しさであるとか、「もう終わってしまった世界」のものを大切に持ち続けていて、それだからこそ彼は優しくあれるんだと思います。

その意味では麗も毒島も高城も平野も全員が同じようなところでしょう。

最後、意外と「今までの世界は終わった」ということを理解しているらしいのが校医の静香先生。そう考える根拠となるのは2シーン。

まず、奴らに捕まった恋人のもとに駆け寄っていった女の子を見て「私は気持ちわかる」と言ったこと。世界が変わってしまったことを認識して、その上でどういう選択肢があるのかということを見つめられている。

永が奴らになりそうになったときのパニック状態の麗とは全然違って、ちゃんと冷静っぽい。それから学校から飛び出すために奴らになった生徒を跳ねまくったシーン。奴らを倒すという行為は他のメンバーもやっていることだけど、それは逃亡のため、防衛のためという認識しかない。世界がどうとか考えている余裕なんてないはず。

でも静香先生は「今までの世界は終わった」ということを自分に言い聞かせて奴らをひき殺しました。世界が変わってかつてのルールやかつての倫理観からは脱皮しなければ生きていけないということを理解しているようです。

世界が終わったという事実を上手く利用する者、世界が終わったのに今までと同じように生活することを望んで現実から目を逸らす者、世界が終わったということを理解し少しずつ変わっていこうとする者。三者三様ですが、願わくばかつての世界にあった美しいものはできるだけ守りながら生き抜いて欲しいものですね。

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