アニメの目

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2010夏期
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学園黙示録 H.O.T.D. 第5話 「Streets of the DEAD」

例えば離島であるとか、奴らの無尽蔵な進入をシャットアウトできるような土地に防衛戦を張って、少数の人間によるコミュニティを形成、とかちょっと社会的な話も出てきましたね。

当然といえば当然のこと。人数が増えればそれだけ内部の人間から奴らが生まれる確率が高くなり、管理しきれなくなります。だから支配できるだけの人数を集めて、その集団で生きていくことを選択する。

それが既存の社会の仕組みが崩壊した後に到来するであろう社会の形。実際に勝手に行動し、管理困難となりそうな、調子に乗って橋を渡ろうとした高校生たちは完璧に拒絶されました。川だって海ほどではなくとも、奴らを食い止める瀬戸際となりうる防衛ラインですからね。

未成年であるという盾は新しい世界には存在せず、単純にそいつを管理下におけるかどうかがコミュニティに参加させるかどうかの基準となっているようです。

紫藤はバスの中の生徒をたぶらかして、自分をトップとする極小のコミュニティの形成に取りかかっています。まあ、女子生徒もいたのだから子孫を残すことだってできます。人間が追い込まれたときに考えられることなんて、所詮そんなもん。紫藤のいやらしい目つきからは、そういういやらしい考えが読み取れました。

さて、じゃあ孝たちのグループはどうか。そう考えたとき、真っ先に思い浮かぶのが、誰かが誰かに頼りっぱなしという集団でないということです。明確なリーダーがいまだにいないということにもそれは表れていると思うけど、全員が全員で生き残るために最良の行動を心がけているような、そんな集団に思えます。

沖縄は自衛隊がそこに逃れてきた人々を守る。バスでは紫藤がトップに立って生徒を洗脳する。でも孝たちのグループには上下の関係がないんですよね。奴らに囲まれたときの、あの華麗に一掃するチームワークは、そういう彼らの集団の性質によるものだと思います。

実際のところ、孝がかなり精神的な支柱になっているんだけど、でも決定権が孝にあるわけではない。

誰かの役に立てている、誰かを守っているという自覚は精神的な強さに繋がるということかな。何らかの形で誰かの役に立っている人ばかりだから、ちゃんと自分で考えることを止めないでいられる。紫藤に洗脳された生徒たちは、奴らのいる地獄のような現実をどうにかして直視しない道を探していただけなんですから。

そういうところで、とりあえず安心して良さそうなグループに仕上がりました。全員揃ってからの平和そのものな会話もそれを象徴していますよね。

で、奴らへの攻撃です。逃げるためではなく、進むために奴らの頭を潰す。これは確かに大きな変化です。孝は街中で暴れている連中について「頭に血が上っている。僕たちと同じ」と言っていたけど、まさしくその通り。平和そうに会話していたって、孝は生きている人間を奴らに喰わせてその場を去ったし、平野だって紫藤を殺せると豪語しました。

世界は何も変わらなかったかのように楽しく会話していても、やっぱり彼らは変わってしまっている。倫理観はかなり崩壊しているはずです。

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