アニメの目

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2010夏期
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世紀末オカルト学院 第6話 「文明の道程 BUNMEI's distance」

なるほど、「こずえと文明は正反対のキャラ設定」と前回の感想に書いたんだけど、そのもう一段上でしたね。こずえと文明は、それぞれ子供の頃のマヤの異なる側面を表した存在だったということ。

すなわち「大切なものは目に見えない」という言葉が代表するように、オカルトを純粋に好きでいたマヤはこずえと重なります。逆に、そのオカルトのせいで本当に欲しいもの(家族の愛情)が得られなかったという点で、文明はオカルトを嫌うマヤと重なります。

母親が文明が特別な子供であることを喜ぶあまり、文明個人の意志や、自分の母親としての愛情をないがしろにしたという過去は今回初めて明らかになったことです。僕の気付いた範囲では、それらしい描写・複線もありませんでした。その後上手くいかなくなったんだろうなというくらいの予測はできたけど、それは文明が超能力を使えなくなったからだろうと思ってましたから。

で、そういうふうに、異なった二人の人間がそれぞれマヤの過去の担い手として存在しているわけです。そのうちの一人、オカルトによって不幸になった人間が、一途にオカルトを追求しようとする人間を救い出したというだけで、きっとマヤの心は整理できたはず。

オカルトが好きな自分というのをできるだけ押し殺して、オカルトなんて嫌い、オカルトなんて嘘っぱちという自分を表に出してきた(つもりだけど、実際オカルト好きがにじみ出てる)。だけど、オカルトによって苦しめられた自分が、オカルト好きな自分を認めてもいいんじゃないか、と考えられるようになったと思うんです。

だって好きなものは好きなんだから。その素晴らしさを知っているのなら、嫌いになろうと思ってもなれるものではないはずです。

ということは、「父親とオカルトは同義」だから(過去の感想参照)、マヤは父親のこともかなり整理できたはず。もちろん、オカルト研究に没頭して妻と子をほったらかしにした無責任さは認められるものではないけど、それ以前にマヤにオカルトを通して大切なことを教えてくれて、楽しい経験をさせてくれたという点では、父親を大好きになってもいいはずなんです。

前回の感想の段階では、「マヤはこずえを過去の自分に、文明を父親に重ね合わせている」みたいなことを書いたけど、今回明らかになった文明の過去から、こずえと文明がマヤの過去と同じであるということになりました。でも、文明と父親を重ねて見ているというのはきっと本当。それなら今回文明のことを見直してふたたび共闘の約束を交わしたというのは、やっぱり父親を心から許せたということなんじゃないかな。

文明の今回の行動で一番よかったのは、やっぱり課せられた責任を果たしたというところ。スマイルやJKがいるところで、危ない役割を率先して引き受け、ちゃんと仕事をこなした。前回、美風やマヤを置いて逃げ出したことは、これでチャラにしてあげてもいいのかな。少なくともマヤはそう思ったらしいです。

なんだかんだいって甘い。でも、マヤにとって文明は、過去の自分の半分であり、父親であるわけですから。マヤにマヤの過去を肯定させてくれた恩人と言ってもいい。だから今度はマヤが文明に協力して未来を守る。

ストレートにしてスマート。こういうストーリーの展開方法はオシャレだと思います。


余録:ここ2話の脚本を担当した綾奈ゆにこという脚本家。珍しい名前だし、結構「面白いな」と思った回の脚本を書いていたりしていたので何となく名前を覚えていたんだけど、なかなかいいと思います。

たぶんかなり最近の人だと思うけど、ちょっと注目。女性ですよね? なんていうか、個人的に女性脚本家さんの書いたアニメはすっと入ってくるものがあると思っています。脚本に限らず、小説でも、どんな文章でも、何気ないひと言のセンスは女性特有のものなのかな。

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