アニメの目

  • -- - -- --
カテゴリ:
スポンサー広告
コメント:
-
トラックバック:
-

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ:
2010夏期
コメント:
0
トラックバック:
0

世紀末オカルト学院 第7話 「マヤの亜美~ゴ MAYA's amigo」

……あれ? アミーゴって男の友達のことじゃなかったっけ?

バッサリひと言で済ませてしまうなら「大切なものは目に見えない」といったところ。それぞれのキャラの視点に立つと、誰も悪意ある行為なんてとってないことがわかるのに、行き違いが生じる。それはみんなが、相手が大切にしているものが見えていないから。

亜美の父さんなんて、無茶苦茶いい人。やることは派手で迷惑ではあるけど、実際はただのお人好しですよ。「マヤが昔みたいに笑えるように」という願いは善意100%です。でも、マヤが昔と同じようにただオカルトを信じてそれを追いかけて目を輝かせているだけではいられなくなっているということは知らない。

これもある意味では大人の傲慢、あるいは身勝手と言えないでもないけれど、子供にはいつまでも天真爛漫であることを望む。

ひょっとしたらこれはマヤとマヤ父の昔の関係にリンクしてくるんじゃないかな。マヤ父にとってオカルトはただの娯楽ではなくなって、世界の存亡を賭けた研究の対象となっていたわけですよね。いつまでもオカルトを素敵なものだと信じて疑わないマヤはマヤ父を苛立たせただろうし、逆にマヤの純真さは守りたいと思ったはず。

今回は亜美父がマヤの純真を守ろうとし、逆にマヤのオカルトに対する危機感が亜美父の行為(好意)を苛立つもの、無駄なものと断じた。行為や感情の方向が違うけど、この類似性は成り立つ。

亜美もマヤが世界を救おうとしているなんて知らない。だからマヤの苛立ちを理解できない。

逆にマヤは、亜美が大切にしているものが見えていなかった。亜美が大切にしているのは友達と父親です。ずっと思ってたんだけど、亜美ってあんまりオカルト好きではなさそうなんですよ。もちろん嫌いではないけど、それよりも友達のことを大切にしているというふうに感じる。ほら、オカルト学院に入ったのもマヤの影響って言ってたし。

ミステリーサークルを見に行こうってときだって、こずえなんかとはちがって、ミステリーサークルをみんなで見に行くという行動そのものが楽しそうでした。

で、マヤはそんな亜美の大切にしているものが見えなくなっていた。そりゃもちろん、文明の臨死体験で未来を見せられたマヤは、そのことで頭がいっぱいになって、友達であるとか父親であるとか、身近なことに目を向けるのは困難でしょう。

でも、亜美が大切にしている「目に見えないもの」は、マヤにとっても大切なものであるはず。亜美やこずえとの友情、父親への愛情。

そんな感じで、ははあ、ノストラダムスの鍵なるものの正体がなんとなく見えてきましたなあ。

コメント


コメントを管理人にだけ表示させる

トラックバック

このエントリにトラックバック
お知らせ
最新のエントリ
カテゴリ

アニ☆ブロ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。