アニメの目

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2010夏期
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学園黙示録 H.O.T.D. 第11話 「DEAD storm rising」

前回あたりから大人と子供というのが強烈に描かれるようになりました。年齢による線引きに意味はないんだけど、その人が大人であるか子供であるかというところには意味がありそう。つまり、やっぱり孝はまだ子供なのかなというところです。

そう考える最も単純な理由は、麗と事に及ぼうとしたのに結局やめてしまったということなんですが、他にも平野に「人間は目を背けて変化を受け入れない」と言われて納得し、そこで永のことを思い出したり。

そうだからこそ孝がリーダーでいるんだと高城や平野は言うわけだけど、逆にそうだからこの非常時のリーダーとして不充分と高城の父さんは考えているようです。

麗は孝をリーダーと認め、そう考えられる理由をちゃんと説明しました。頼りないことを言ったりしてかわいい孝が好きで、命がけで自分を守ってくれる(かわいがってくれる)孝が好きだと。孝が永を殴り殺した直後から麗は「生き残るため」に孝と行動を共にするという生々しさを見せていましたが、そうやって「自分が生き残るため」に行動を共にしてきた孝のことはよく観察していて、どうも孝の本質を突いている言葉だなあと感心しました。

ちなみに、麗から孝の関係が「生き残るための共闘関係」ではないのだけど、これは麗なりのオブラートでしょう。それもすごく大事なことだと思うけど、今回書きたいこととは関係がないのでパスします。

要するに孝を取り巻く人間は孝のことをよく見て正しく評価しているんです。もちろん観察者の視点によって捉える側面は異なっているけど、孝自身よりも孝の正体に近いような気がします。

孝はこれだけのことをやっておきながらまだどこか卑屈。土壇場での勇気と判断力をやけくそのひと言ですますのも、麗の言う女のルールに対して「どっちも俺は駄目だな」という態度にしても、麗とのことを押し切れないのも、孝が自分の中に一本芯のあるということに気付けていないからじゃないかな。

孝がまだ子供だという理由はそういうこと。他人以上に自分のことを理解できていないから。

もちろんこれはすごく難しいことだと思います。他人にしか見えない側面っていうのは確かにあるから、「他人が知る自分」の全てを自分が知っているというのは無理でしょう。でも、孝はそのレベルに達してない。自分のことをなにも知らないように思えるんです。

他のメンバーはなんとなく自分のことをちゃんと分かっているような気もするんですよね。今回では麗のインパクトが強かったけど、自分の感情がドロドロしていることを分かっていて、それを「生々しい」という言葉で表現できるに至っています。紫藤に銃剣を突きつけながら、殺す/殺さないの判断を下すことができています。

だから麗はちょっと大人なのかなと。まあ最も子供なのは紫藤に導かれているバスの学生たちなんですけどね。

ちなみに、このアニメを観る難しさはキャラクターの感情が単純な構造になっていないところのようです。あるひとつの行動でもって「このキャラはこういう考えからこういう考えに移行した」と断言できないところに難しさがある。

もちろんひとつひとつの出来事に意味があり、それが積み重なって感情というものを形成しているんですけどね。どうにも人間の感情の割り切れない感じが強く表れていると思います。

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