アニメの目

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2010秋期
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ヨスガノソラ 第4話 「ハルカズハート」

BS11ではえちいシーンはほとんど霞と黒塗りだったんだけど、AT-Xは全部解禁? え、それってエロアニメだよ……。ちなみに調べてみると、よかった、AT-Xでは年齢制限ありなのか。

最後の悠と一葉のエッチは健全なエロ。普通のアニメなら規制だのなんだので描かずに想像させるところを、あえてバッチリと描いただけのことで、あえて騒ぎ立てるようなことでもないのかな。だって原作はエロゲーだよ? そりゃエッチくらいするさ。それがエロゲーってもんだ。

だからこれは純粋にひとつのハッピーエンドの形。ヴィオラを通して一葉と父の関係を描き、最終的には「悠と一葉がくっつきました」という、ただそれだけのことです。

――では済まない。もちろん悠と一葉の幸せに水を差そうというつもりは全くないんだけど、やっぱり気になっちゃうところがあるんですよね。

この2話から4話までの間に活発に動いたヒロインって一葉ただ一人だけです。そもそも問題が「一葉が父親のことを見誤って苦しんでいた」というだけのことだったから、他の人が何かするでもなく、ただ一葉の気持ちひとつで解決できたというのもあるんだろうけど、あまりにも他のヒロインが関わってこない。

オムニバスでやるから『アマガミSS』を持ち出して比較してみると、『アマガミSS』なんかはヒロインがほとんど独立していて、主人公は全くゼロから各ヒロインとのイチャラブを紡いでいっています。でも『ヨスガノソラ』では、瑛が悠を好きになっても、穹が悠を手放さなくても、それはそれで蓋然性があったはず。同じ根っこから分岐される物語ですからね。

「だからそうなったときを来週以降やるんだよ。おとなしく待っとけ」みたいなツッコミを入れられるとぐうの音も出ないのだけど、こうやって関わるチャンスがあったはずのヒロインが関わってこないというところに、なんとなく『ヨスガノソラ』の色を感じるのです。

ここでいう色っていうのは、つまり不健全さのこと。男の子も女の子も須く異性の体に興味があって、でもやっぱり理性というものも、分別というものも備えていて、それでドロドロとした気持ちを抱えながらも他人と関わり合い続けるという、二重三重に屈折した感情・行為のこと。

それが第1話で示された方向性だと思っています。

で、この一葉編を振り返ってみると、実に爽やか。演出やあえて描ききったエロを取り除いて、普通に描いたら普通のドラマです。「反抗的だった娘が父親を信頼する」というだけの物語なんだから、少年誌でだって堂々と描けるものです。

そこに『ヨスガノソラ』の色、つまり不健全さを加えているのが上で挙げた二人、瑛と穹なんだという印象。

瑛に関して、あの脳天気キャラとか、「何も苦しいことはないんだよ」的なオーラを僕はずっと疑っていました。だって苦しくないはずがないもの。お父さんに愛されていようが、罪悪感からとは言え妹によくされていようが、少女が一人で神社暮らしなんて普通耐えられないでしょう。

不満や寂しさを紛らわすために明るく振る舞って何かを頑張り続けていないといけないかのような、そんな印象を受けていました。砕いていうと「こいつ我慢してるんじゃないの?」ってこと。

で、今回はそれを確信させるようなシーンが二つ。一つは教室を飛び出した瑛を呼び止める一葉に対して、「もうちょっと忙しくなったらお手伝い頼むよ」と断るシーン。階段を降りかけているということもあって、瑛は顔から上しか描かれません。体を隠して、顔だけで一葉と話す。

「目は口ほどにものを言う」という実にもっともな言葉があるけど、このアニメに関しては「体は目と口ほどにものを言う」です。四肢の描き方が半端じゃないですから、首から下で示す情報量も半端じゃない。瑛はそれを隠して、作り笑いでもなんでも浮かべられる顔だけを見せて一葉から遠ざかる。

もう一つは瑛が神社の掃除をしているところに一葉がやってきて、ああでもないこうでもないと言い合いをするシーン。竹箒が二人の間に線を引いて、一葉はその上を跨いで瑛に詰め寄ったりしていたけど、瑛はその竹箒野線から一歩も出ることはなかった。

「かずちゃんが無理するのは、お父さんを責めたいだけなんじゃない?」という正論に、思わずその場を逃げ出そうとする一葉に、地面に投げられた鞄を指して「忘れてるよー」のひと言。箒を超えて拾ってあげたりはせず、ただじっとそこに立つだけ。

それにその言葉を口にするときの瑛の表情が痛々しい。何もかも我慢しているかのような、そんな表情に見えました。

町を駆け回ったり、石段を走って上ったりした一葉に対して、瑛のアクションというのがあまりにも少ない。じっと堪えている。「お父さんはいい人だよ」という、それだけのことで満足したことにして、他の全てを我慢しているかのような、そんな感じ。

本当はもっと望んでいることがあるはず。でもそれを全部押さえ込んで笑う。一葉と悠をくっつける。その理性的な無欲さに、むしろ不健全さを感じたのは僕だけではないと思います。

さて、次は穹について。と思ったけど、これから同じだけ書くといくらなんでも長くなりすぎるなあ。手短に。

穹に関しては「家族」というものがキーワードになってくると思う。穹の悠への距離のとり方はすごい面白くて、簡単に言ってしまうと「近付きたいけど近付きすぎたくない」という乙女チックなもの。それがツンツン行動になって表れているんだけど、要するに家族って近すぎるんですよね。

「女の子も男の子も須くエロい」として、じゃあ「家族」はその対象? 世間一般にはその対象にしてはいけないとされている間柄です。でも、この上なく近い。

だから穹は「悠の家族でありたい」という気持ちと、「家族では嫌だ」という気持ちがあった。穹にとって世界で唯一の異性だった悠は、きっとその対象になっていたはずですから。でも家の外に出て、学校に行って、ようやく「悠の家族」であることを選択した。それは自分の感情を一つ消化したことでもあり、基本的には前向きに前進と捉えていいと思うけど、やっぱり穹に欲求不満感は残る。

一葉編は春日野家だけでなく、渚家の家族模様も描かれていて、その辺をリンクさせてみるのも面白い。一葉が仮病で引きこもっているときに、悠とのプリクラ、電話を遠くの椅子において、家族の写真を抱えてベッドに寝転がる。やっぱり家族ってとんでもなく近い関係。

最終的に一葉は悠をそのベッドに招き入れて、あんなことやこんなことをしちゃったわけだけど、だからといって家族との距離が遠くなるわけじゃない。家族も悠も共に「ベッドの距離」にいるというだけのこと。

穹はその距離を選択した。あの子のことだから、一人で留守番しているときに「あー、今ごろやっちゃってるのかな」なんて思っていてもおかしくないけど、それでも家で待つことを選んだ。ずっと「家族」の距離として悠の側にいるという選択。

この一葉編は、一葉、瑛、穹の三者三様の感情を包括して、「全体としてはまあハッピーだったんじゃない? エンド」でした。次回以降の種をまきながら、とりあえず一葉ルートは攻略、っと。タイトル横の記号の付け方からすると、次はA3か。期待期待。

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