アニメの目

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2011冬期
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フラクタル 第1話 「出会い」

ある意味じゃ前情報どおり。普通に期待していた通りの面白さを、今後も期待できそう。

要するに完全理想の社会インフラが整備された未来を舞台に人と人との関わり合いを描いていきたいということなんだろうと思う。

ドッペルというアイディアは珍しいものではないけれど、なかなか恐ろしい。例えば親子が別々に暮らしていて、お互いの居場所すら口にしないと分からないという始末です。「あら、近くにいるのね」とか、夫婦の会話じゃないだろう。

とは言え、その恐ろしさは利用者には分からない。擬似的に家族、家庭を構成できるわけだし、おそらくドッペルに慣れた人々の間では、ドッペルによるコミュニケーションは、生身のコミュニケーションと比較しても全く不自由のないものであるはず。

友達のドッペルと市場を見て回っていたクレインだけど、あれは極めて自然なやりとりでした。ドッペルが描かれている部分を普通の少年にでも置き換えたら、全くなんてことのない自然な行為です。

まあ人間のアイデンティティなんて身体にはないのかもしれないですからね。そこにあるものが体温のある有機物なのか、電気電子的な何かなのかは関係なく、ただ情報があれば人間は構成できるのかもしれない。

ただ、ドッペルではどうしても満足できない部分があって、それはつまりエッチな何か。フリュネの背中に薬を塗ってあげたり、ほっぺをつねられたり。そもそも初接触が少し開いた両足を引っ張ることだったあたり、すでにエロいのです。

別に人間が本来持っているはずの性欲に働きかけられているとか、そういうことを言いたいのではないです。もっと低いレベルで、例えば女の子と手が触れただけでドキドキしてしまうような、小中学生のようなエッチさのことです。

まあこのスタッフなら性欲とか、そういうところにも話を持っていきかねないのがまた楽しみであったりするのですが。「人との接触」をしなくて済む社会において、そういう行為がどういう扱いになっているのかも知りたいですしね。純粋に生殖行為としてなのか、愛の営み的なものなのか、あるいは快楽的な何かなのか。ただ、データ麻薬だっけ? そういうものは存在し続けているということは、人間の性欲だって依然として残っているわけで、それなら最後のだって確実に存在しているのでしょうけれど。

話が少し逸れてしまいました。ボーイミーツガールというやつだと思う。徹底されたシステムの下で、ある男の子が女の子と本当の意味で「出会った」ということ。そして、それはやはり直接的な身体の触れ合いによってもたらされたということ。

もう少し推し進めるなら、上では人間のアイデンティティは情報から構成されていると書きました。ある人の思考や感情や知識を完全に再現できるCGがあれば、そこにその人が存在するのと等価、なんて話はよくあります。しかしクレインが本当の意味での出会いを果たした女の子フリュネについては、ほとんど情報がない。クレインは服装のこととか、「この時代」という言葉について尋ねようとしたけれど、「やっぱりいいや」とやめにしています。

これはすごく面白い。情報こそが人間である。その媒体(メディア)は何であっても、人間は人間として存在できる。そういう社会において、クレインは中身ではなくメディアに興味を示したということですから(これに関して、クレインには骨董品的コンピュータ収集趣味があるらしいということともリンクする)。

最近のSFが好む題材として「人間って何?」みたいなものはあるのだけど、そこをより深くえぐってもらえれば絶対に面白くなる。期待です。

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フラクタル EPISODE 01『出会い』 感想 from てるてる天使 2011-01-29

ドッペルという存在はどのようなものか……

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