アニメの目

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2011冬期
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STAR DRIVER 輝きのタクト 第19話 「三人の日曜日」

メタな位置付けでは、最終決戦前夜といった感じかな。三人三様の個性があり、今まで守られる存在であったワコが強さを見せ、タクトは文字通り空を駆けた。

しかしワコも幸せなヤツです。誕生日に美少年二人も侍らせよってからに。タクトは颯爽王子様で、スガタは王子様になり損ねたもののワコを守り続けた騎士様。羨ましい。とは言っても、ワコがワコでなかったらこうはならなかった。

それは今回証明されたことでもあります。ワコが色ボケの馬鹿野郎だったなら、コフライトの第一フェーズでアウトです。「三人の日曜日」は崩壊です。でもワコは、タクトの喉にナイフを突きつけて、本気でタクトの体を傷付ける覚悟を見せました。ただの女子高生じゃない。四方の巫女であり、タクトの戦いをずっと間近に見続けてきて、なんとなく分かってる感がある。つまり、大切なのは命でなく、ましてや体でもなく、生き様やプライドであるということ。

それはタクト少年時代の思い出、島に来ることになった原因にも繋がる話ではあります。しかしまあ、ワコがここまで過激な覚悟を持っているというのは、正直意外。ほら、ワコの一番の長所はポジティブさであり、優しさであります。それが、「私にとってのタクトくんを汚すなら、タクトくんの体を傷付けることを選ぶ」というわけです。極めて自分中心な考え方に感じられる。すごく、らしくないと思う。

タクトを大切に思っていて、タクトを信頼しているからこその言葉、と解釈することができます。で、もちろんその通りなんだとも思います。しかし、それを一切の躊躇なく表出させてナイフを抜くワコを、少し異様に感じてしまうのです。

まるでワコの中にタクト像が練り上げられているような感じ。そのタクト像は日常生活、サイバディ戦を繰り返すことでもってさらに磨かれ、ワコの中で輝きを放つ。実際のタクトはことごとくワコの期待に応えてくれるからいいのだけど、別の人間がタクトの皮を被ると、そんなタクトは認められない、ということになる。

思えば子供の頃から同じように作り上げたスガタ像があって、スガタ自身がそれに気付いて、そんでもって結果的にはスガタ像がスガタを追い込んでいた、と言うこともできるわけだから、ワコというのは以前からそうだったのかもしれないです。

ケイトに関しても、ワコの中では未だに「歌のケイト」という像が残っているらしく(もちろん実際には、今では委員長としての像のほうが強いけど)、カラオケで歌うとケイトを思い出す、と。ケイトとお話ししたいな、くらいの意図で、その口実として思い出話を持ち出したのだろうけど、このやりとりからもワコが他者を投影した像を内側に持っていて、しかもそれをすごく大事に抱えているらしいことが覗えたり。

こういうワコの性質描写は後にどう影響してくるのか。

しかしケイトとの比較が面白い。昔はタクトでなくケイトがいて、一人の王子様に対して乙女二人だったわけです。四方の巫女であることも同じである二人は、なぜか道を別にして、一人は巫女の姫様、一人は綺羅星メンバーに。要は正反対に進んでいて、ワコの両手に花と比べても、その差は歴然です。ケイトの周りには男っ気がない。

全く別個の道を歩んで、カラオケとかそういうところで辛うじで交叉しそうになるのに、やっぱりうまく言葉を交わすことができなくて、という感じ。そりゃもう、住む世界が違うから。ケイトはロボット世界に浸りきっていて、対するワコはタウバーンが守ろうとするもの、つまりは学園世界の象徴です。で、この根を同じくしているのに全く違う方向に茎を伸ばす乙女二人が、共に大切な人とその偽物を同時に区別するというのが面白い。

やっぱり彼女らは同じなんだ、ということを強く感じたシーンでした。ケイトだって内にスガタ像を持つ。それを汚すなら頬をひっぱたく。光と闇、なんて極端な対比ではないと思うけど、地味メガネ的キャラ(しかも化学薬品大好き)ということで、ケイトは言わば日陰者です。対するワコは演劇部で人気者。この差は一体どこで顕れたのか。これにはすごく興味があります。

だんだん物語に終盤臭がしてきましたね。

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