アニメの目

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2011冬期
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魔法少女まどか★マギカ 第10話 「もう誰にも頼らない」

世間では放送がない放送がないと嘆きの声があがっていますが、そんなときでも僕には見ていなかった第10話があるのです。ちょっと体調悪くて更新できていませんでしたが、気を取り直していきます。もう3月も終わりですしね。

案外予想通り。なるほど、みんなが死んじゃって、その前に戻りたいと願うのはまどかでなくほむらだったわけだ。

しかし時間を巻き戻すというのはつまり絶望の繰り返しに他ならないわけで、ほむらが体験していることはまさしく永遠の絶望でしょう。願ったからには、そのぶんの絶望を受け入れるしかない。その法則はほむらにも当てはまっている。

しかも、誰かのために願ったことが少しも自分のためにならずに、呪いとして返ってくるという点において、ほむらとさやかは酷似しているわけですか。

恭介の腕を治してほしい。でも、腕が治った後、どうなるのが望ましいのか、さやかは具体的に思い描くことができなかった。恭介に感謝されて、そのまま恋人になりたいなんて願望を、自分の願望とは認めたくなかった。だって、さやかが憧れたマミさんは強くて優しくて厳しい人だったから。

「祈りのその後」までを願えないのが、なんというか青臭い。ああ、少女なんだなあと思うところです。でも、気持ちはすごくよく分かる。

「その後」を願えなかったさやかは、「その後」に絶望して必然的に魔女になりました。

さて、ほむら。ほむらも「その後」を願いはしなかった。ほむらの願いは「まどかとの出会いをやり直す」だけで、その後のことは自分が努力してなんとかしようと考えた。ああ、やっぱり青い。自分の魂を、つまりは命を差し出した願いだというのに、なんという欲のなさ。

初めはまどかと一緒に戦えることが嬉しくて、でも、それだけじゃまどかはワルプルギスで死んでしまって、「それじゃあ私の祈りはなんだったんだ」という絶望と共にもう一度、過去へ。キュゥべえに騙されているんだということを伝えたくても、奇跡を目の当たりにした魔法少女たちは信じてくれなくて、結局は悲劇に。

それなら一人で頑張るんだと、「もう誰にも頼らない」と誓っても、結局まどかの魔法少女化、魔女化は止められなくて、また過去へ。それを延々繰り返して今に至る。彼女の気持ちは、「まどかのためならこの迷宮に閉じ込められても構わない」らしい。

決定的にさやかと違うのは、ほむらは決して魔女にならないところ。確かにキュゥべえに願ったことは叶って、まどかとの出会いをやり直せた。でも「その後」は思い通りに行かなくて、やり直して、やり直して、やり直しても、結局は絶望に行き着くのだということを思い知らされてなお、ほむらの心は絶望に捕らわれてはいない。

時間を戻れるという特異な能力が彼女の希望となっているのかどうかは分かりかねます。チャンスがあるというのは確かに希望だけど、ほむら自身、その迷宮を永遠だと感じているわけだし。ただ、ほむらなら本当にこの絶望をいつまでも繰り返しかねない。そういう気持ちは本当に強い。でも、なんかそれって違う気がする。

だって、それじゃあほむらはいつまで経っても少女のままだから。ほむらはきっと、まどかを救うためにいつまでもいつまでも少女というステップに留まり続けているのだろうから、ほむらが本当にするべきなのは、どんな形であれ、大人になる未来を選ぶことだと思うのです。できれば「魔」付きでない女に。僕の中ではそれが思い描ける唯一のハッピーエンド。

「その優しさが悲しみを呼ぶこともある」とは、ほむらからまどかへの言葉なのだけど、実はほむら自身にも当てはまる。まどかが死なない未来を、という優しさは、永遠の悲しみを生み出した。その事実を受け入れて、悲しみに耐え続けるほむらでなく、悲しみを受け入れられるほむらへ、というのが、視聴者としての願いです。

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