アニメの目

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2011冬期
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STAR DRIVER 輝きのタクト 第25話 「僕たちのアプリボワゼ」

かっこええわー。とりあえずはそのひと言に尽きる。こんなに熱いアニメは久しぶりだった。

こんなところから書き始めたら、一体どれだけ長いエントリになってしまうのやらと不安も覚えるのですが、やはり最終話、全部書いてしまいたいと思います。

まず、学園サイド/ロボットサイドという対立する二極的なスタドラの両柱について。学園の青春を侵略しようとするロボットとの抗戦。こういう枠組みで25話ずっと見てきたわけだけど、やはり最後には統合された。サイバディが悪いんじゃない。まだ私たちには早かっただけ。シモーヌの言葉です。

確かにサイバディは悪くない。決してロボットが学園にとっての侵略者であったわけではない。そこまでは同意します。前回の感想でも述べたことです。なにがあろうと自分の青春を選ぶのは自分である。

これはケイトの振る舞いを見て感じたこと。巫女であり、綺羅星であり、それ以前に恋する乙女であったケイトは、その複雑な立場を利用して、大好きなスガタに誰よりも多くの愛を捧げた。この世界にサイバディなんてものがなければ、こんな青春の燃え上がらせかたは存在しなかったのに。その意味で、ケイトの青春はまさしく学園とロボットが融合した青春だったわけです。

サイバディが悪いんじゃない。ここまではシモーヌに同意。しかしその後の、私たちには早かった、というのには同意しかねる。だって、あの島の少年少女はやはりサイバディをうまく扱ったと思いますよ。少なくともヘッドよりは「正しく」運用したのだと思っています。なんだ、あの虹色のサイバディ群は。ちょっとジーンと来てしまったじゃないか。

それに、これよりも遅くにサイバディと出会ってしまったら、それはもうヘッドなのです。今日の次に明日が来ることを受け入れられない人間がサイバディに乗り込むべきではない。ヘッドはトキに囚われた男であり、かつてのソラを妄執する大人。サイバディそのものに青春を捧げてしまい、あとになってからサイバディでそれを取り戻そうとした迷い人です。

ヘッドが捨て駒だと言い、踏み台にしようとした全ての綺羅星メンバーは、自身の青春をサイバディのみに捧げようとは考えていなかった。サイバディの危険を内側から抑制しようとしたカナコ。そんなカナコの優しさにサイバディによる争いを通じて気付き、それ以降はカナコのサポートを望んで選んだシモーヌ。ベニオはサイバディでもってスガタにアプローチし、ジョージとテツヤはスタードライバーとして常にベニオの傍らに立った。

いずれもサイバディを通して青春に繋がっている。しかし昔のヘッドは、サイバディそのものにしか関心を持てず、大切なソラを手放した。まあ、そもそも島に来た理由がシルシを得るためで、なぜシルシを求めるかと言えば、家のシルシを継ぐことができなかったというものだったわけですが。

失って初めて自分が取りこぼした青春が惜しくなってくる。いわゆる悪役で、でも強大で非情な悪役というのとは少し違う。そんな彼は多くの視聴者から共感を得たようです。それってきっと、誰しもがそういうところあるからでしょう。われわれ大人は青春のやり直しというものに少なからず憧れているはず。あの日のソラは、確かにもう一度見てみたい気もする。だからヘッドの気持ちも分からなくはない。失われた青春を永遠に取り戻すのだ。

しかし明日は青春を謳歌する少年少女たちのもの。明日を信じない大人がそれを取り上げてしまおうというのだから、それは「いけないこと」だろう。ヘッドに関して、気持ちは分かるけど、その行為には賛同できない、と思っていたのだけど、理由はこれだったわけだ。

これはあくまで一つの視点、という意味でだけど、スタドラというのは失った青春のトキを求めて、ある一人の男が子供たちに挑戦し、その青春のトキを奪い取ろうとした物語だったんじゃないかな。しかし結果はあの通り。やはり明日は明日を信じる者のためにあるのでしょう。

さて、ヘッドの話は終わり! 急いでスガタの話に移ります。

スガタ。彼にはしてやられた。ワコを賭けてサイバディ勝負し、タクトと決着を付けようとしているのだとばかり思っていました。実際は、害悪の中心にあるザメクを自分の力で封印してしまうつもりだった。

いかん。そりゃいかんよ。ワコはタクトに譲るってことかい? 直接対決もなしにそれは許されない。誰が許さないって、タクトが許さない。だってそれは、明日のソラをもう見ないってことだから。

だからタクトはスガタを引っ張り出した。ワコの封印を解いてでも、スガタをそのまま眠らせるわけにはいかない。とりあえずグーでパンチを入れてしまえばいい。王の柱のときだって、青春を謳歌する男同士はこぶしで語り合えたのだから。

まあ、タクトはやはり特別な存在でした。ヘッドと同じく、他人には見えないものが見えている。タクトに見えていたものは、三人一緒に明日のソラを見ること。スガタがいて、ワコがいて、自分がいて、そして明日というだけのことだけど、実際ヘッドにはこれが見えていなかったわけだから、やはりすごい。

いや、実はヘッドだけじゃない。ワコもスガタも、タクトが見ているものを見ることはできなかった。ワコは変化しつつある自分たち「三人」の関係を感じとって「いつまでもこのソラを」と考えていたし、スガタは自ら身を引いて、ワコとタクトの明日を見ていた。

ただ、タクトが見ているものはワコにも通じ、そして二人が見たものはスガタにも通じた。ああ、すごく青春だと思う。最後には三人で、明日のもっとすごいソラに臨んだ。

そうそう、最後になったけどタクトについて。ワコがなにやら言っていたけど、タクトが島に来てどうだったのか、という話。結局、タクトはサイバディみたいなものだったんだと思う。タクトが来なければスガタはワコの唯一のヒーローになれただろうし、綺羅星に対抗する勢力としてスガタ、ワコ、ケイトという、なんだか幸せそうなトライアングルが作れたかもしれない。

でも、タクトが余計だったかというと、決してそんなことはない。学園の生徒たちは皆タクトを通してより大きな青春を謳歌した。これって、生徒たちの主観的な存在価値としてはサイバディに近い。だからこう言える。タクトが悪いんじゃない。(シモーヌ談)

じゃあ、具体的になにをもたらしてくれたのかと考えると、それはやっぱり明日に進む力であり、そのための輝きなんだろうなあ。

上ではタクトが来なければこうなっていたかも、と書いたけど、実はそうじゃないと思っているんです。タクトが来なければスガタとワコはいつまでも微妙な距離感を保ち続けていたと思う。タクトが浜に打ち上げられたのをワコが発見する直前、二人の雰囲気はあまりよくなかった。だから、タクトが来なければ、きっとなにも起こらなかったのです。

タクトが来て島が変わったのだから、やはりタクトがもたらしたものは推進力、すなわち明日のソラに臨む力。そうさせてしまうだけの青春の輝きがタクトにはあった。ワコが言っていた「人を笑顔にする力」というのはそのことだと思う。

島に突如現れた銀河美少年がもたらした物語はこれでひとまず幕引き。しかし、これから彼らは彼らの明日を掴んでいくのだろうな。なんというか、すごく綺羅星だ。


【余録】どこにも入れられなかったのだけど、ちょっと思ったことがあるので最後に一つだけ。プロフェッサー・グリーンことミドリ先生。彼女、いい大人なのにしっかり明日に向かう子供集団の中に入ってました。ちょっと面白かった。

まあ、あの先生は精神的にほとんど子供みたいなところあるし、いまだに青春のまっただ中という感じもあったから、それは別にいいや。

ただ、思い出したんだけど、あの先生一回若返って青春をやり直そうとしましたよね。あれってやっぱり伏線だったんだよなあ。ミドリ先生はなんかいい感じに可愛い男の子を捕まえて、「今」幸せになったんでした。その辺、やっぱりヘッドとは違う。ヘッドも、かつてのソラじゃなくて、今のサカナちゃんをしっかり抱きしめられたらよかったんだけど。


【最後に】毎度長文で申し訳なかったです。でも、語り出すと止まらない熱さがスタドラにあるのが悪い。僕が悪いんじゃない(シモーヌ談)です。いや、冗談はさておき、お付き合い頂いてありがとうございます。毎回読んでくださった方も、ひょっとしたらいるんじゃないかと期待していますが、その場合、これ25話ぶん読むのって結構な時間だと思うのです。本当にありがとうございました。すでに4月も真ん中を過ぎましたが4月期アニメの感想もよろしくお願いします。

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