アニメの目

  • -- - -- --
カテゴリ:
スポンサー広告
コメント:
-
トラックバック:
-

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ:
2011春期
コメント:
0
トラックバック:
1

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第5話 「トンネル」 感想

これまでのおさらいと、これからの展望。

時間が止まって、体だけ大人になって、そういうのに戸惑う。それでもなにかと理由を付けて、自分なりに頑張ってるとかなんとか言い訳して、いつまでもずっと昔にすがり続けている。打開策は、考える、らしいけど、まずなにを考えたらいいのかも、たぶん分かってない。

超平和バスターズの面々は、そんな感じです。それぞれのキャラクターを対比させてどうこう言うの(じんたんの引きこもりとか、あなるのファッションとか)は、これまでの感想でやってきたので、今回はパスします。

今回はめんまについて。どうしてめんまは現れたのか。それから、めんまが現れたのは本当に「いけないこと」なのか。

つまり、前回の感想の最後に書いた “それぞれが持っている「かりそめの平和(=超平和)」は果たして本当にバスターしなければならないのか” ということについて。

「膿は出し切っちゃったほうがいい」というのはつるこの言葉。でも、ゆきあつにとってのめんまという膿は、女装がばれて、大失敗して、恥をかいて、それくらいでなくなるものじゃないはずです。それはきっと、ゆきあつが好きだった女の子を忘れられずに女装してなんとか満足しようとしている歪んだ変態になってしまっても、そんなゆきあつのことをずっと想い続けているつるこなら分かっているはずです。

てっきりつるこがゆきあつを気にかけるのは、彼女自身もめんまのことが忘れられずに苦しんでいるから、より苦しんでいるゆきあつを助けたいというのだと思っていたんだけど、ヘアピンを持っているのだから、つるこがゆきあつを好きなのは5年前からということになります。

5年間変わらない想いを募らせていたのはゆきあつだけでなく、つるこも同じ。つるこにとっては、変態ゆきあつこそが過去からの膿だと思うんだけど、ほら、つるこだってその膿を出せるわけがないんです。

で、その不器用なつるこの優しさを、誰が否定できるのか。変わらない想いを抱き続けるのはいけないことなのか。偽りの平和であっても、その平和の中でも大切な気持ちってものはあるのだから、偽りの平和をバスターしなければいけないというのは、別に正しいことではないんじゃないか。

基本的に言いたいことはそれだけです。

じんたんはめんまを想って時間から取り残されることを選んだ。自身、変わらないことを望んだ。

ゆきあつは対外的には勉強ができてイケメンな男子高校生を演じながらも、喪失感を「死なせてしまったのは自分のせい」という罪の意識で埋めて、自身が壊れることで気持ちを整理しようともがいた。

あなるは、服装を女子高生の服装にして、友達を作り、友達と遊び、れっきとした女子高生になることでめんまから離れようと、先に進んで、それでじんたんを引っ張ろうとし続けた。

つるこは、ゆきあつの全てを見て、理解して、めんまという膿を抜いてやろうと優しさでゆきあつに接し続けた。甘えを許さない厳しい態度は、もはや愛のレベルだと思う。

この4人の気持ちをどうすれば否定できるのか。「めんまが成仏できていないのはいけないことだ」なんていう一般論で、この過去を切り捨て、それぞれ先に進むことが本当に正しいのか。

これはあくまで僕の意見です。じんたんたちは、必死に変わろうとしてします。変わらなきゃいけないという意識はあって、でもなにを変えればいいのか、どれなら変えずに済むのかという選定は難しく、じんたんは「考えないといけない」と言います。それでも、やっぱりじんたんとしてはめんまがいる超平和を壊したくない。

矛盾とか葛藤とか、そういうものが超平和に織り交ぜられる。そういう苦しさが、すごくいい。

コメント


コメントを管理人にだけ表示させる

トラックバック

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。第05話「トンネル」 from ひそかにささやかにアニメ等を応援している日記 2011-06-05

じんたん、めんま、そして今回のぱっちん。 どれも 「あだ名」 なんですね。

このエントリにトラックバック
お知らせ
最新のエントリ
カテゴリ

アニ☆ブロ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。