アニメの目

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【連載】《内向》をめぐる議論 #0: ヨスガノソラ+東京マグニチュード8.0

本日12月31日、コミックマーケット81の東P-23aブースにて頒布されますアニメブロガー合同誌「アニ☆ブロのほん にさつめっ!」に寄稿した『明るくない部屋:物語としてのヨスガノソラ』について、僕自身の感覚として、書きたいことを書き尽くせていない感じが若干残っていて、まだまだブラッシュアップできるなあと考えています。

それは決して合同誌に中途半端なものを載せたというわけではありません。あれに関してはかなりの時間を費やして仕上げていて、僕の精一杯を出し切りました。

ただ、字数の制限 実はオーバーしてしまっています。申し訳ないです。 や合同誌の趣旨などもあり、一部「意図的に避けた部分」が残っています。なので、寄稿した『明るくない部屋』については、それで完成した文書と見なしていただくとして、それを補完し、他に語りたいことに繋げるような記事を、個人のフィールドであるブログで書いてみようと思ったわけです。

連載記事

これ、たぶんかなり長くなります。僕自身、一息で書き上げてしまえるとは思えないし、書きまとめておいて一気に公開するというのも、一度に読むにはしんどすぎる文量になるので、週一程度の更新頻度で「連載」しようかと考えています。

こういうことをするのは初めてで、全然慣れない部分もあり、最終的にどういう着地になるのかビジョンも描けていない状態ですが、頑張りますのでよろしくお願いします。

初めにご忠告。この連載は途中で『ヨスガノソラ』と『東京マグニチュード8.0』の壮絶なネタバレを含んでしまいます。これらのテレビアニメを見ていない人にも分かるように説明するつもりではありますが、ネタバレをされたくないという人は、残念ですが読んでいただかないほうがいいでしょう。

では、具体的な内容(予定)について。まず#0で『明るくない部屋』の概要を説明します。続いて#1で『明るくない部屋』で意図的に避けた部分を補完し、それ以降のナンバーはどうなるか分かりませんが、『東京マグニチュード8.0』と関連付けて考え、最終的には「外向的であれ」という《正しさ》に疑問を投げかけるつもりです。要するに、最終目標は「引きこもりについて考えてみる」です。

『明るくない部屋』のサマリー

では、#0として、僕が合同誌に寄稿した『明るくない部屋』について、その概要を説明します。あくまで概要なので、詳細が知りたければ是非コミケへGO!です。

『明るくない部屋』のモチベーションであり、イメージボード

まず初めに、『明るくない部屋』で僕が「本論考のモチベーションであり、また、イメージボードでもある」* これ以降、*印のついたカギ括弧は『明るくない部屋』からの引用です。 と挙げた映像がこれです。「ここでは、明るく、美しく、開放的な《外側》と、暗く、淀んで、息詰まる《内側》の対比がなされて」*います。

『明るくない部屋』では、『ヨスガノソラ』の各キャラクターについて、その《内向》性と《外向》性を考え、最終的に、穹との関係に沈んでいった悠の《内側》は決して《外側》=視聴者からは明るくないのだ、という断絶について議論しました。

つまり、(その詳細は『明るくない部屋』本文に譲るとして)要点だけ抜き出すと、

  • 一葉編: ただ繋がった(セックスした)だけのうわべの幸せである
    • その決定的な根拠は、一葉が最後にヴィオラを弾いて聞かせるシーンであり、そこでは「我慢する瑛」と「色気づく悠」と「自己満足する一葉」が描かれていた
  • 瑛編: 一葉編から一歩二歩踏み込んで得た本当の幸せが描かれた
    • 《内側》を向いてふさぎ込む=「出産時に一葉と入れ替わっていた可能性が他人を木津付けるのが怖い」が、悠と一葉によって、《外側》を目指す=「たとえ誰かを傷付けたとしても幸せになる道を探す」へと解放された
    • しかし、悠と一葉の振る舞いはリスキーで、暴力的であった。つまり、ある種無根拠に瑛に《外側》を向かせたのであり、それによって「誰もが傷付く結末」を迎えていたかも知れない
  • 奈緒編: 奈緒編で描かれた《内側》は奈緒のものでなく穹のものであった
    • 奈緒の《内向》=罪の意識=「あの夏」に悠を襲ったことは、悠がそれを許した時点で早々に解決される
    • 奈緒に対して猛烈に拒絶する穹の姿勢こそが、《外側》を否定して《内側》=家族=悠を自分だけのものにしようとする《内向》問題だった
    • しかし、それも奈緒の振る舞いによって穹が本心に気付き解決される(バス停の炎上)
    • 奈緒編で最終的に得られる幸せは、瑛編で得られた幸せ=「狭いサークルに閉じた幸せ」を凌駕する広さ=「夏祭りで穹も含めてみんな笑顔」をもつ幸せであった
  • 穹編: 「穹は悠の《内側》に到達した初めてのヒロインである」*
    • 穹編で描かれなかったのは、悠の気持ちのディテールである
    • つまり、その《内向》性が問題になっておきながら、初めて当人の本当の気持ちが不明瞭である
    • それでも悠は穹=《内》を肯定して町を去る
  • まとめ: それまで描かれた幸せを放り出してでも、悠は他人からみれば幸せでない道を最終的に選んだことになり、その決断に関して、僕ら視聴者は「ちょうど、二人が町を去った後に春日野家を覗き込んだ一葉、瑛、奈緒、中里亮平や、髪をばっさりと切り落として涙する梢が、すでに去った悠と穹に対して無力であったよう」*に干渉することはできない

という内容です。

かなり駆け足になってしまいましたが これ以降も重要な箇所については引用しながら説明します。 、とりあえず#0の概要説明は以上で終わらせていただきます。

次回は「意図的に避けた部分」=「穹って死んだんじゃないの? という疑惑」を中心に、『東京マグニチュード8.0』と関連付けていきます。

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