アニメの目

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2012冬期
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偽物語 第1話 「かれんビー 其ノ壱」 : 距離の表現について

もう2話が放送されてしまいましたが、1話についてです。2話はまだみておりませぬ。

『化物語』に関して、面白かったし楽しんだんだけど、「結局なんだったのか」を突き詰めて考えられなくなって(それで、途中から感想もフェードアウトしたりした)、若干消化不良気味でした。その後、2、3回は通して見直したりもしたんだけど、それでも少なからずもやもやが残っていて、今回の『偽物語』に関しては、『化物語』で捕まえきれなかったなにかに迫りたいなーなんて思いながら見ています。

しかし、会話劇はやはり面白い。

会話←距離の変化

で、シャフトのお家芸と言われる会話劇です。その意味ではテンポとか、紙芝居と称される静かな映像が「シャフトらしさ」だよなあ、と思うのですが、『偽物語』を見ていると、どうもそれだけじゃないぞと思ったわけです。

それを猛烈に感じたのは、例えばアバンの

二人のデフォルトの距離感ってこれなのかな。二人が接触したことが過剰に表現される。

こういう映像。思い返すと戦場ヶ原さんは妙に距離をとったり(だいたいデフォルトがこれ)、急に密着したり(『化』のラブラブお弁当とか)、なんだか距離感を測れていないのかな、というところが多かったように思います。が、それはちょっと違っていて、距離感を測れていないことを楽しんでいるのかなと言い換えたいと思います。

戦場ヶ原さんのツンデレはすごく特殊なんだけど、ツン状態/デレ状態を演じ分けて阿良々木さんの反応を楽しんでいるような感じ(それを総じて「イチャイチャしている」と言う)。

つまり、戦場ヶ原さんが楽しんでいる「会話」は、実は離れたり/近づいたりのやりとりに他ならないんじゃないかということです。

もっと大袈裟に言ってしまうと、『化物語』の会話って、全部そういうところがあったんですよね。結局は人と人の変化する距離感を、人と人の表面にあたる会話でもってうまく描いていたよな、という話です。

月火ちゃんカワユス

思わず本音が漏れてしまった節タイトルですが、お気になさらずに。

Aパートは月火ちゃんとの兄妹の会話 全く関係ない話ですが、最近、「兄妹」というワードだけで無性にむらむらしてくるくらいの上級者です。 ですが、ここでの距離感の描き方も面白い。

兄は影で、妹はそっぽを向く。唯一存在したやりとりは実に乱暴だった。

遠い。これは妹たちに干渉したくないと思っている兄と、そんな兄を追いかけたくないと思っている妹たちの距離感です。唯一のインタラクションですら、リモコンという棒っ切れを投げつけるだけ。

戦場ヶ原さんの逢瀬では物理的に拘束されて動けなかった阿良々木さんですが、この場合は「自分=怪異と関わった者」という意識が邪魔をして月火に近づけない。で、月火のほうから動けば、まだ「劇的な接触」も有りえたかもしれないのに、月火としては「勝手に一人で大人になる」兄を追いかけるつもりなんてないから、結果としてこういう変化しない距離感、つまり、これは会話でないということになってしまう。

真宵ちゃんカワユス

阿良々木さんが妹ちゃんに積極的に関わっていけない理由として、自らが普通の人間でなくなってしまったことがあったわけだけど、それならば、真宵には猛烈に突っ込んでいけるわけです。そりゃもう、全速力でタックルして、全身舐め回すくらい。

でも、そんな真宵に対しても、阿良々木さんは踏み込みすぎることはない。

なぜかすごく遠い。同じく遠い。

この特徴的な2つのショットがそれを象徴しています。

忍野の件で、別れを意識してしまってのこと。だから、実は阿良々木さんは他人との距離を詰めることに対してすごく臆病だったりする。真宵からのアドバイスは、秘密を共有するというのは巻き込むということ、だから、自分のことを知らせる必要はない、という内容でした。

それはまさしく「敢えて踏み込ませない勇気」あるいは「敢えて踏み込まない勇気」みたいなもので、真実がどこにあるのかはよくわからないけれども、1つの側面として「臆病であることを格好良く言ってみた」というのが確実に存在します。

真宵の口からそういう言葉が発せられ、阿良々木さんはそれに同調する。これだけノリノリで会話をしていても踏み込まない部分をお互いにわきまえていて、つまり、距離感が変化するような会話ではないのです。

それでも最後に「僕以外に相談したら許さないからな」「黙っていなくなりはしません」と言葉を交わし合う、この決して離れたくはないという感情もまた、これはすごく人間なんだろうなあ、と思ったりします。

で、

総括としまして、『偽物語』の1話では、なにかと理由を付けて他人に深く関われない人が描かれました。この枠組は、会話=近づいたり離れたりするものという戦場ヶ原さん的な関わり合いかたに着想を得たものです。

でも、実は大切なのは「理由を付けて踏み込めない」じゃなくて、「それでも理由を見つけて踏み込みたい」なのかなあ、とも思います

思い出していただきたいのが、真宵にタックルする前の、阿良々木さんの延々続く建前です。「いやほんと、全然会えて嬉しいとかじゃないけど」とか、そういうの。

もう少し遡ると、撫子邸へ行くことにしたのだって、妹と出かけたかったとか、そういう理由がないこともないかもしれない。

さらに戻ると、戦場ヶ原さんが阿良々木さんに「劇的に接触」したのって、飲み物を飲ませるときとか、おにぎりを食べさせるときとか、何かしら接触しなければならないという理由が付きまとっていたなあ、とも思います。

だから、彼女にしても阿良々木さんに近付く=踏み込むのには「口実」が必要なんですよね。戦場ヶ原さんの「だって愛しているんだもの」っていうのは反則的に可愛いんだけど、あれってひょっとしたらあらゆる口実が尽きてしまったときの最終手段なのかもしれないですね。


【お詫び】なんか変な文章です。ちょっとだけ酒が入った文章です。ごめんなさい。

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