アニメの目

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2009春期
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東のエデン 第9話 「ハカナ過ギタ男」

板津豊っていうキャラ。たった2話の「儚過ぎた男」だったけど、板津のインパクトは他のキャラにも勝ってますね。本当に引きこもりニートの特徴を掴んでいるキャラじゃないですか。

ただ板津はニートになるべきだったのか。今回の感想はそういう視点から。

前回「あらかじめ失われた道程をさがして」に対して言葉遊びを感じたのですが、今回のタイトルはさらに直接的。「ハカナ過ギタ男」は上でも書いたように「儚い」であると同時に「(ズボンを)穿かない」でもあるのは間違いないでしょう。

板津は穿かな過ぎた(=引きこもり過ぎた)。

まぁそういうことがきっかけになったのか、板津はニートになるべきだったのかなっていう疑問が浮かびました。基本的に『東のエデン』はニートに対してポジティブ。ニートの楽園、凄腕ニート、ニートの意地。あまつさえ「ニートってのはアガリを決め込んだオッサンに対する自発的なテロ行為」ときてます。

板津も不衛生で気持ち悪いところもあったけど、神童と呼ばれたことのあるだけのスペックを見せ付けて結構かっこよく散っていきました。

でもニートを肯定して良いわけじゃないと思うんです。中盤あたりから、平澤の発言にしても板津の発言にしても、「ニート」っていう言葉に対してなんとなく違和感を感じてきてたんだけど、板津のおかげで何となくその正体が分かったかも。

板津は「世間コンピュータ」なるものを作って、未来を何でも予測できるようになってしまって、そいつのせいで自分が未来永劫ニートとして過ごすと知らされてしまう。そこに追い討ちをかけるような形で一張羅ズボンが風に乗って飛ばされてしまう。

――と、まぁそんなことくらいで引きこもってしまうんです。

まさか本当にズボンを飛ばされていたとは。そんな風に思って笑った人も多いと思うんですけど、これはネタじゃなくて真面目な話じゃないかな。要するに人はそんなことくらいでニートになってしまうんですよ。

何となく理解できます? 着て行こうと思った服を昨日洗濯していてまだちょっと湿ってたってなことぐらいで大学に行くのが億劫になったり。電車で居眠りをしていたら一駅乗り過ごしてしまって、それだけで何となく午前中サボってしまったり。

板津のズボンのエピソードはそういうことの象徴じゃないかな、と感じました。そうすると何となく板津は引きこもるべきではなかったような気がしてきません?

平澤がニート肯定側で大杉がニート否定側って分類だったんですが、この板津をどっちに入れたらいいのやら。いや、そんな単純な話じゃないんですよね。

板津ってキャラは引きこもりの特徴を本当に良く捉えられてます。人との繋がりを嫌っていても、滝沢みたいなやつに頼りにされたら嬉しいんです。自分の力が認められるたらもっと頑張ってみたくなる。そういう純粋なところは充分に表現されてたんじゃないかな。


もっと書きたいこともあるけど、これ以上書くとただの引きこもり人間自論になってしまうので自重。板津が発見した過去ログを整理します。

滝沢はニート2万人失踪の首謀者。でも大量虐殺とかじゃなくて、ドバイに向けてニートを大量に「輸出」していたらしいです。一応コンビニ弁当も用意してるんで、悪人ではなかったらしい。

ミサイル攻撃を仕掛けたのは新たに登場した京都のセレソンくん。滝沢はそれに対して被爆予定地から人を非難させるために奇妙な事件を起こしていたようです。迂闊な月曜日は一人のセレソンがやったことじゃなくて、二人のセレソンがやり合った結果だったのか。

板津がボソボソ言っていたように、ジュイスは行政関連に強いらしいですね。いつぞやの感想で書いた「政治関係の要請には比較的低コストで応えているから、ジュイスはそっちに強い」ってのは正しかったのかな。最大の謎はアウトサイダーの正体で、こんなゲームを仕掛けた人間が社会的にどんな人間なのかで『東のエデン』の印象は随分変ってきそうですが、やっぱり政治家系の人なのかな。


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